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2007年参院選スレ

1 名前:とはずがたり 投稿日: 2004/07/15(木) 21:12
現時点で

民緑 52(比例19・選挙区33)
自民 49(比例14・選挙区35)
公明 11(比例8・選挙区3)
共産  4(比例4)
社民  2(比例2)
無所  3(秋田・新潟・沖縄)

今選挙区の定数是正がないとすると

北道 民自   岩手 民
宮城 民自   福島 自民
茨城 自民   栃木 自民
群馬 自民   埼玉 自民公
東京 民民自公 千葉 民自
神奈 自民民(今回公明は自民へ・松に遠慮する事はない)
新潟 民自   富山 自
石川 自    福井 自
長野 民自   静岡 民自
愛知 自民民(神奈川に同じ)
岐阜 自民   三重 民
京都 民自   大阪 民公自
兵庫 民自   和歌 自
鳥取 自    島根 自
広島 自民   福岡 民自
鹿児 自

で決まりであろう。民25自27公3。

残りの選挙区は,青森・秋田・山形・山梨・滋賀・奈良・岡山・山口・徳島・香川・愛媛・高知・佐賀・長崎・大分・熊本・宮崎・沖縄の18選挙区。

比例は
民主 19〜21
自民 15〜13
公明 7〜8
共産 4〜5
社民 2

といったところか。民主20自民14公明8共産4社民2として結局

民主 20+25+52=97議席を固めた
自民 49+26+14=89議席は固い
公明 11+3+8=22は確定的
共産 4+4=8程度か
社民 2+2=4は死守したい
無諸 3+0(いずれも野党系無所属)

は3年後の参院選後は既に確定し居てるといって良い。自公で111民共社無で112。

従って上記の残り18選挙区が決戦場となる。風向きや定数是正でまだ大きく情勢が変わることも十分予想できるがここは残る18選挙区を今から取りに行きたい。

4308 名前:杉山真大 ◆mRYEzsNHlY 投稿日: 2007/10/12(金) 19:30:54
都知事選・参院選と立て続けに出馬したのが、ついこの間でつたな・・・・・(゜Д゜;)

建築家黒川紀章さん死去 参院選にも立候補 73歳
http://www.asahi.com/obituaries/update/1012/TKY200710120240.html
2007年10月12日17時06分

 東京・六本木の国立新美術館など「共生の思想」に基づく作品で国際的にも知られた、建築家で文化功労者の黒川紀章(くろかわ・きしょう)さんが12日午前8時42分、心不全のため東京都新宿区の病院で死去した。73歳だった。連絡先は東京都港区赤坂1の12の32、アーク森ビル13階。葬儀は親族のみで行う。妻は俳優の若尾文子さん。9日から入院していた。

 晩年は都知事選などの話題でも知られたが、建築家として20代から活躍し、スケールの大きな発想の建築を生み続けた。

 愛知県生まれ。京都大学建築学科を卒業後、東京大学大学院で故・丹下健三氏に学んだ。大学院時代に、時代や用途に応じて建築を増殖させることを唱えた「メタボリズム(新陳代謝)・グループ」を結成した。

 中銀カプセルタワー(東京都中央区)、国立民族学博物館(大阪府吹田市)など作品は数多く、海外でも、オランダのバン・ゴッホ美術館新館(98年)、クアラルンプール新国際空港(98年)などを手がけた。カザフスタンや中国で都市計画にも参画した。98年に芸術院会員、06年に文化功労者。

 今年4月、都知事選に立候補したが、落選。7月の参院選でも、自ら立ち上げた共生新党から夫婦で立候補したが、落選した。

4309 名前:やおよろず 投稿日: 2007/10/13(土) 12:46:06
黒川紀章氏が急死…妻・若尾へ最後の言葉「本当に好きだった」
http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200710/sha2007101300.html

 世界的建築家で、今年は派手な選挙活動でも話題を呼んだ黒川紀章さんが12日朝、心不全のため都内の病院で死去した。73歳だった。参院選落選からわずか2カ月半後の突然の悲報。選挙期間中から体調を崩していたという。愛妻で女優の若尾文子(73)は「まさか急に亡くなるとは…」と憔悴(しょうすい)した様子。亡くなる2日前、若尾に「本当に好きだった」との言葉を残していた。





 建築界の世界的巨匠が逝った。今年はユニークな選挙戦で注目を集めたが、実は病身をおしての戦いだった。

 黒川さんは今月に入って体調が急変。12日午前8時42分、入院先の東京都新宿区の東京女子医大病院で息を引き取った。妻の若尾ら親族が最期を看取ったとみられる。

 急死の報が伝わった同日夕方ごろから、港区内の自宅マンション前には多数の報道陣が詰めかけ、親類や政界関係者らからの弔花が次々と届けられていた。

 「まさかこんな突然急変するとは思いませんでした。こんなに簡単に亡くなるなんて…。とてもつらかったです」。同日午後8時すぎ、自宅でインターホン越しに取材に応じた若尾は、ため息交じりに消え入るような声で話した。

 亡くなる2日前の10日、若尾が「あまり良い奥さんじゃなかったわね」と話しかけると、病床の黒川さんは「そんなこと、そんなこと…」と言葉を詰まらせた。そして「本当に好きだったんだから」。これが夫婦の最後の会話になったという。若尾は「この言葉だけは忘れません」と漏らした。

 世界的建築家の故丹下健三氏に師事。20代後半から「建築界の寵児」として名をはせた。国内外で数多くの先鋭的な建築物や都市設計を手掛け、国内外の受賞歴は多数。現在では当たり前の言葉「共生」も、黒川さんの造語。50年近く前から生命の共存を唱え、時代の先端を走り続けた。

 若尾とは8年越しの恋を実らせる形で昭和58年12月に入籍。その後も「おしどり夫婦」ぶりは続き、7月の参院選では黒川さんは東京選挙区、若尾も夫が設立した政治団体「共生新党」の比例代表で出馬。夫唱婦随の選挙活動を展開した。

 だが昨年ごろから体調がすぐれず、選挙期間中に報道陣に隠れるように大量の薬を服用する姿も。若尾の出馬は、病魔を抱えた夫への最後の献身だったのか…。

 「政界進出」という設計図だけは未完成のまま終わった。葬儀は近親者のみで行うという。喪主は未定。

4310 名前:とは 投稿日: 2007/10/13(土) 22:05:19
いやぁ精力的でお元気そうだったのに吃驚りですねぇ。死ぬ前の芸術家の一大パフォーマンスに我々はお付き合いしたって事なんでしょうかねぇ。建築以外にも記憶を我々に残して去って行きましたな〜。
俺なんかがご冥福をお祈りしなくても十分冥福して逝ったんでしょうなぁ。

4311 名前:とはずがたり 投稿日: 2007/10/21(日) 23:54:27

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1146286762/1096-1099
う〜ん,ムネオが両天秤掛けるのももっともですなぁ
>「次期衆院選を考えたら、多原にもっと流れてもよかった。民主の協力もそんなものか」と安堵(あんど)の声すら聞かれる。

[2007.08.01]民主と大地
共闘に複雑な感情交錯
「足して2で割れない」
http://www.tokachi.co.jp/kachi/jour/07konsen-yoha/20070801/03.htm

 「力不足で申し訳ございません」
 7月29日午後11時半、帯広市内の鈴木宗男帯広事務所に、神妙な面持ちで頭を下げる石川知裕衆院議員(民主党十勝代表)の姿があった。鈴木後援会が推す多原香里氏(新党大地副代表)の落選が確定的になっていた。

石川氏に感謝
 鈴木衆院議員の十勝帯広総連合後援会の斉藤允雄会長代行、斉藤健司幹事長が対応し、互いの健闘をたたえ合った。斉藤幹事長は、「中川(昭一)さんが強い地盤で、民主の協力をもらい善戦した。石川さんには感謝したい」と語った。

 今参院選で公認の小川勝也氏と共に、新党大地副代表の多原氏を推薦した民主党。道内2議席独占を狙った「民主・大地共闘」の図式は、中川昭一自民党政調会長に対抗する石川氏の戦いには不可欠なものだ。

 結果的に議席独占は失敗したが小川・多原で計10万8000票を獲得。民主党十勝の幹部は「(大地との)信頼関係を追求すれば何とかなる。石川にも(小選挙区で勝つ)芽が出てきた」と語った。多くの関係者が大地との共闘に一定の評価を下す。

 多原氏が得票トップだった池北3町を含め、8町で伊達忠一氏を上回った。石川氏は「評価は鈴木後援会が判断することだが、自分としてはベストを尽くした。行動を見ていただければ、大地側に理解してもらえるのでは」とする。

 半面、両組織内部には複雑な感情がくすぶる。民主は連合の組織票を小川氏に一本化、多原氏への応援は旧5区(道東)の国会議員・道議に限定した。「2議席独占」が現実味を帯びた終盤、道内全域で支援を強化したが、「指示が遅かった」との批判は党内部にも強い。

 表向き対自民で一致した「石川−大地」ラインだが、十勝の大地関係者は「(全道的に)小川が取りすぎだ。連合票が来るのは難しいと思っていたが…。この結果じゃあ、協力をもらったことにはならん」と不満を漏らす。

 「足して2で割れば簡単だが…、連合の運動は選挙区と比例がセット。簡単にはいかない」。民主関係者は協力の限界を語る。十勝毎日新聞社の出口調査でも、民主支持層で多原氏に投票したのは34%。自民党幹部からは「次期衆院選を考えたら、多原にもっと流れてもよかった。民主の協力もそんなものか」と安堵(あんど)の声すら聞かれる。

別々の拠点
 「民主、連合と組むことを面白く思わないバリバリの保守がうちには多い」
 ある大地関係者は共闘関係の危うさを指摘する。今参院選でも鈴木後援会と石川後援会は別々に拠点を構えて多原氏の運動を展開、表面的に交わることはなかった。
 鈴木議員の古参支持者は「民主との連携は知事選と参院選に限ってのこと。今後のことは分からない。大地は結局、鈴木さんの個人商店だから」と冷ややかに語る。
 鈴木信者と石川後援会−。決して融合することはなく、微妙な協力関係が続いている。(参院選取材班)

4312 名前:やおよろず 投稿日: 2007/10/22(月) 00:08:56
>道内全域で支援を強化したが、「指示が遅かった」との批判は党内部にも強い。
>十勝の大地関係者は「(全道的に)小川が取りすぎだ。連合票が来るのは難しいと思っていたが…。この結果じゃあ、協力をもらったことにはならん」と不満を漏らす。
>民主支持層で多原氏に投票したのは34%。自民党幹部からは「次期衆院選を考えたら、多原にもっと流れてもよかった。民主の協力もそんなものか」と安堵(あんど)の声すら聞かれる。

中選挙区時代の、それも70年代以前の感覚ですね。
連合や民主党の命令で投票先を決定する有権者がどれほどいると思っているのやら・・・

自民党の支持者が多い70代以上くらいなもんでしょう、利権と無関係に組織に従うのは

4313 名前:とはずがたり 投稿日: 2007/10/23(火) 00:34:35
>>3352

民主「共闘」ままならず 参院選鳥取選挙区
http://www.nnn.co.jp/news/070704/20070704005.html

 十二日に公示される参院選で、民主党は「野党共闘」の姿勢で与野党逆転を狙う。鳥取選挙区では民主新人の川上義博氏の推薦、支援要請に対し、社民党県連(佐々木周子代表)は「自主投票」を決め、現時点で民主党がもくろむ共闘態勢は表面上、崩れた。激戦が予想される同選挙区で「社民票」の行方が注目される。また、川上氏の推薦を決めた国民新党はまだ際立った動きを見せていない。

 社民党県連は一日の三役会で、鳥取選挙区は自主投票とし、「比例に全力を挙げる」ことを決定。党県連は六月三十日、比例代表候補で党広島県連代表の金子哲夫氏(元衆院議員)と語る会を若桜町内で開催した。

 集会前に金子氏は、本紙の取材に「民主党公認候補を選挙区で応援しても、比例代表で社民党を応援してもらうことはない。わが党も生き残りを懸けた選挙をやっている」と与野党逆転を名目に簡単には共闘関係を築けない現実を強調した。

 党県連の米井悟副代表は「川上支援は、党にとってマイナスになることがあってもプラスにはならない」と言い切るが、対応は各自の判断に委ねられる。

 過去の選挙で連合鳥取の推薦を受け、「川上を応援している」と話す社民系議員は「川上選対に出入りはしないが、個人的にミニ集会でもやりたい」と割り切る。一般党員や党支持者の動きで「自民、共産には行かない。消極的選択肢で川上に流れるだろう」と指摘する。

 川上陣営関係者は社民党県連の決定に対し、「川上は保守の畑の生まれだから違和感があると思うが、社民票が自民に流れることはない」との見方だ。民主党県連の福間裕隆幹事長は「自公路線に対抗する勢力として、格差社会の是正などの点で支援をお願いすることができる」と社民党関係者への働き掛けを個別に進める考えだ。

 一方、国民新党本部は今年三月に川上氏の推薦を決定。だが、同党県支部(小林正義代表)は党組織としては際立った動きを見せていない。民主党県連は国民新党関係者に協力を要請中というが、県西部の国民新党の党員は「党から具体的な指示は受けてない」と話している。ただ、特定郵便局長OBら一部党員の間では、川上氏支持の動きが広がっている。

4314 名前:とはずがたり 投稿日: 2007/10/28(日) 22:58:48

衝撃の余波’07参院選<1>地崩れ 農家の“反乱”防げず−連載
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007sanin/kyushu/20070801/20070801_001.shtml

 自民37、民主60‐。与党の歴史的敗北に終わった参院選は、保守王国九州にも激震をもたらした。1人区6県の結果は自民の2勝4敗。民主は解散・総選挙へ向けて圧力を強めており、今後の国会は緊迫した展開が予想される。九州の現場で、参院選の余波を追った。
   □   □
 惨敗から一夜明けた30日。佐賀県内の農業団体に足を運ぶ、自民党衆院議員の姿があった。「敗戦の原因は農家の反乱にある」と直感したからだ。

 都市部で民主に敗れる「1区」現象から、地方に多い「1人区」現象へ。自民は全国の1人区で民主に6勝23敗と完敗した。自民が参院選20連勝を誇った佐賀選挙区でも敗北。農家が多い郡部で、民主候補の得票は自民を上回った。地崩れともいえる、初めての事態だった。

 議員は団体幹部に党の農業政策を説明し、今後の支持を求めた。だが、「投票の指示を下ろしても農家はまとまらん」。思った通り、反応は芳しくなかった。
   □   □
 自民党も農家へのアピールを忘れていたわけではない。安倍晋三首相(総裁)は6月16日、佐賀県で田植えのパフォーマンスを披露した。だが、農家が「関税撤廃を求める外国に負けないでほしい」と要望しても、「守るべきところは守る」と応じただけ。「本当に農業を分かっとんさっとかな」。女性の1人は首をかしげた。

 民主党が農家の赤字を補う「戸別所得補償制度」を打ち出しても、自民党は「財源を示しておらず絵に描いたもち」と批判するばかり。具体的な将来ビジョンは伝わらなかった。

 「初めて民主党に入れた。これからは農家を向いている政党でなければ支持できん」。佐賀県小城市で農業に携わる男性(46)の言葉は、「反乱」ぶりを物語る。
   □   □
 熊本県山鹿市の農業地帯。トラクターでタバコの葉を収穫していた農業男性(70)は周囲を見渡して言った。「あそこも、ここも減反で田んぼをつぶした。見なっせ、働いているのはみんな年寄りばかりでしょうが…」

 同市は参院選熊本選挙区で落選した自民党の三浦一水氏の地盤。自殺した松岡利勝前農相の地盤と重なり、衆院補選の舞台にもなった。三浦氏は過去2回の参院選同様、農政連公認。「松岡先生の遺志を継いで農業を守る」と訴え、戦った。

 だが、圧勝が予想された衆院3区でさえ、三浦氏の得票は、民主新人、松野信夫氏を10ポイント上回っただけ。比例票は、国政選挙で初めて全県で民主が自民を上回った。

 同県産山村の元村議(70)は自民支持を訴えて回ったが、多くの農家の反応は「参院選は民主でいい」。元村議自身も、投票所に入るまで「自民か民主かで悩んだ」と打ち明ける。

 農村部に広がる自民への冷めた目線。自民党熊本県連の西岡勝成幹事長が選挙戦で感じたのは、そんな農村部で強固だったはずの「保守層」の総無党派化だった。
 (佐賀総局・久保田敦、熊本総局・山本敦文)
=2007/08/01付 西日本新聞朝刊=

4315 名前:とはずがたり 投稿日: 2007/10/28(日) 23:01:50
なかなか宜しいね♪
>小斉平氏の得票は、05年の衆院選で現在の自民現職たちが各区で獲得した票の5割前後と、大幅に目減りした。保守分裂を嫌い、九州で唯一、公明党が推薦を見送った結果、小斉平氏が公明支持層から得た票はわずか27%。全国の1人区で最低レベルだった。

>次の衆院選でも、現職の選挙区に保守系無所属が意欲を示している
誰かねぇ??楽しみである♪

衝撃の余波’07参院選<2>分裂 繰り返す自滅の構図
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007sanin/kyushu/20070809/20070809_001.shtml

 全選挙区最年少、31歳の無所属新人、外山斎氏に完敗し、がっくりと肩を落とす自民公認の小斉平敏文氏。「この選挙をどう後始末するかだ」。参院選宮崎選挙区で敗北が決まった直後、衆院宮崎2区選対本部長を務めた江藤拓衆院議員は、宮崎市の事務所で唇をかんだ。

 6年前の参院選で、自民公認の小斉平氏は、公認を外された当時の現職、長峯基氏を破った。今回は同じ2人で保守票を争い、共倒れ。江藤氏は、次期衆院選に今回の保守分裂が与える影響を懸念する。

 宮崎県政の保守分裂は、江藤隆美元総務庁長官と上杉光弘元自治相の対立にさかのぼる。3年前の参院選では、上杉氏が保守票を一本化できずに落選。今年1月の出直し知事選でも県連は分裂し、自民推薦候補が東国原英夫知事に敗れた。
 「小斉平氏は上杉系、長峯氏は江藤系」(関係者)。対立構図は今回の参院選でも重なる。
   □   □
 「みんなで協力体制はとれますか」
 参院選中盤の7月19日、宮崎市で応援演説を終えた安倍晋三首相は、党県連の坂元裕一会長に念を押した。坂元会長は「表と裏は違います」と答えるしかなかった。

 「本当に一枚岩になっているのか」「今度負けたら、次(の衆院選)はやらんぞ」
 4日後、宮崎市で開かれた自民党の会合は危機感にあふれていた。自民支持団体幹部は、江藤拓氏と中山成彬氏(衆院宮崎1区)、古川禎久氏(同3区)を厳しく追及。「まるで査問会議だった」と出席者は振り返る。

 自滅を恐れた県連は、徹底した「党営選挙」を強化。集会への動員や支持者回り、陣営への人員派遣など、国会議員や県議にノルマを課し、「負けたら県連解体」と檄(げき)を飛ばした。

 それでも、結果は5万票の大差で敗退。「全然ダメ。一枚岩も上っ面だけだった」。坂元会長は突き放す。
   □   □
 2003年の衆院解散まで衆参合わせて7人いた党所属国会議員は、今や3人。内紛を重ねた揚げ句の衰退に、県農民連盟幹部は「国とのパイプは細るばかり」と脱力感に包まれる。

 小斉平氏の得票は、05年の衆院選で現在の自民現職たちが各区で獲得した票の5割前後と、大幅に目減りした。保守分裂を嫌い、九州で唯一、公明党が推薦を見送った結果、小斉平氏が公明支持層から得た票はわずか27%。全国の1人区で最低レベルだった。

 分裂が敗北を招き、民意との乖離(かいり)を生んだ。それでも、ある県連関係者は言う。

 「次の衆院選でも、現職の選挙区に保守系無所属が意欲を示している。世代が1つ変わらないと怨(おん)念(ねん)は消えない」
 (地域報道センター・山口英宏)
=2007/08/02付 西日本新聞朝刊=

4316 名前:とはずがたり 投稿日: 2007/10/28(日) 23:03:39
こんな事があったんですなぁ。。。
>2人の「保守」が掘り起こした票に与党批判の追い風が相まって、「自民より一歩抜け出した」と皆吉氏の陣営内は沸き立った。だが、自民を知り尽くした打越、松下両氏にとって、そこに不安があった。
>松下氏は投票3日前、勝ちを意識し始めた陣営スタッフに「最後の自民の底力はすごい」と警鐘を鳴らした。
>だが、最終盤の皆吉陣営は、選挙カーで地域を回る程度。「完全な上滑り。緩みが失速につながった」。陣営幹部の1人は無念そうに振り返る。

両氏の次期総選挙への出馬は確定的ですな。
>惜敗に、いまだ「立ち上がれないくらいのショック」と沈む民主県連。だが、元自民党議員2人の目線は違う。「参院選は自分にとって衆院選の前哨戦。ここからが本当の正念場だ」。打越氏は表情を引き締めた。

衝撃の余波’07参院選<3>前哨戦 目線の先には衆院選
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007sanin/kyushu/20070809/20070809_004.shtml

 「敗戦の弁しか用意していなかった」。再選を果たした自民の加治屋義人氏がこう漏らしたほどの紙一重の戦いだった。
 当初「無風」とみられていた参院選鹿児島選挙区は、民主新人の皆吉稲生氏が加治屋氏の得票にわずか0.7%差まで迫った。自民が衆院五小選挙区を独占し、県議会も全体の7割超を占める保守王国で起きた「地殻変動」。

 民主肉薄の背景には、2人の元自民議員の存在があった。

 8月1日午後。鹿児島市にあるプレハブ建ての事務所で、元自民県議団会長の打越明司氏は、盆明けに開く女性集会の準備に追われていた。「敗戦に打ちひしがれているひまはない」

 打越氏は2005年の衆院鹿児島2区に無所属で立候補し落選。いったん自民に復党したが、2区の公認をめぐる問題から1月に再度離党、6月に民主党入りした。

 参院選期間中、打越氏は懸命に動いた。次期衆院選で、民主公認候補の座を射止めるためには、参院選での働きが「生命線」だったからだ。出身の松下政経塾の人脈などもフル活用し、票の掘り起こしを図った。
   □   □
 05年衆院選鹿児島3区で「郵政造反組」となって敗れた元自民衆院議員の松下忠洋氏も、民主の強力な「助っ人」となった。松下氏の原動力は、「保守分裂で争った自民現職に対する遺恨だ」と民主県連幹部。
 かかわりのある特定郵便局長OBの政治団体「大樹」の票取りまとめなどに奔走し、「自分の選挙のように死に物狂いで回っていた」。民主県連関係者はこう証言する。

 2人の「保守」が掘り起こした票に与党批判の追い風が相まって、「自民より一歩抜け出した」と皆吉氏の陣営内は沸き立った。だが、自民を知り尽くした打越、松下両氏にとって、そこに不安があった。松下氏は投票3日前、勝ちを意識し始めた陣営スタッフに「最後の自民の底力はすごい」と警鐘を鳴らした。

 だが、最終盤の皆吉陣営は、選挙カーで地域を回る程度。「完全な上滑り。緩みが失速につながった」。陣営幹部の1人は無念そうに振り返る。
   □   □
 「選挙というものは、選挙の翌日から始まります」。投票日翌日、自民党幹事長まで務めた民主党の小沢一郎代表は、早くも全国の衆院立候補予定者にメールで檄(げき)を飛ばした。

 衆院2区での出馬に向け、参院選後から休む間もなく準備を始めた打越氏。民主候補が空白の衆院3区も、松下氏は「白紙」としているが、民主県連幹部は「出てくれれば頼もしい」と期待を隠さない。

 惜敗に、いまだ「立ち上がれないくらいのショック」と沈む民主県連。だが、元自民党議員2人の目線は違う。「参院選は自分にとって衆院選の前哨戦。ここからが本当の正念場だ」。打越氏は表情を引き締めた。 (地域報道センター・富田慎志)
=2007/08/03付 西日本新聞朝刊=

4317 名前:とはずがたり 投稿日: 2007/10/28(日) 23:04:55
>だが、社民の現状は強気を貫けるほど強固ではない。県内の比例得票は、松本氏の選挙区得票の半分にも満たない6万8000票。全国的な党勢退潮は「牙城」と言われた大分にも表れ始めた。
この弱みが次期総選挙への交渉にどの程度効くかですな〜。

衝撃の余波’07参院選<4>離反 つかめぬ修復の糸口
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007sanin/kyushu/20070809/20070809_003.shtml

 民主と社民。両党候補で計31万票以上を獲得しながら、約20万票の自民新人、礒崎陽輔氏に敗れた参院選大分選挙区(改選数1)。「敗戦の将」として語る民主党大分県連代表の吉良州司氏は、むしろ自信にあふれていた。「結果は伴わなかったが、草の根の底力を見ていただけた」

 7月31日午後。大分市内の事務所で、吉良氏は選挙結果を振り返った。念頭にあったのは4日の選対会議。民主単独か、社民との共闘か。主な役員で参院選を総括し、今後の活動方針を論議する。

 「社民と競合しても、民主の比例票は自民と互角だった」。共倒れしたにもかかわらず、執行部はさらに単独路線を固めつつある。県連内でも、野党共闘支持は多くない。

 ソファから身を乗り出して、吉良氏は訴えた。「戦略次第で単独でも戦える」。自身の再選を懸けた衆院選をにらみ、中央突破を図る構えだ。
   □   □
 「吉良だけは絶対に許さない」。無所属新人の松本文6氏を推薦した社民党大分県連合や、支持団体の官公労幹部の間では、今もなお「吉良憎し」の感情が収まらない。

 民主から「勝てない」と支援を断られた松本氏は14万票を獲得。一本化していれば、全国唯一の選挙区議席獲得も夢ではなかった。党県連合の重野安正代表は「今回の選挙をややこしくした責任は民主にある」と不満を隠さない。

 だが、社民の現状は強気を貫けるほど強固ではない。県内の比例得票は、松本氏の選挙区得票の半分にも満たない6万8000票。全国的な党勢退潮は「牙城」と言われた大分にも表れ始めた。

 「次の総選挙は党の存亡をかけた厳しい戦い」と語る重野代表は、野党共闘への未練を捨て切れない。「軽々に結論を出すべき問題ではないが、野党共闘の崩壊は自公を利するだけだ」
   □   □
 民主が推す矢野大和氏と松本氏をともに支援した連合大分。「力が拮抗(きっこう)する2人が出たら共倒れする」。恐れていた事態に、嶋崎龍生会長の言葉に怒気が交じった。

 連合大分は昨年8月、両党に統一候補擁立を要請。だが、どちらも独自候補擁立を主張して譲らず、連合は仲介役の立場を失った。投開票日、連合事務所にいた嶋崎会長は、500メートル離れた矢野氏の集会にも、同じビル内で行われた松本氏の集会にも顔を出さず「無言の抗議」を貫いた。

 過去2回の参院選で「与党に勝つ」ために結束した三者。「これ以上勝たない戦いは繰り返せない」。嶋崎会長は両党の歩み寄りを望む。

 しかし、2大政党へのうねりを背景に単独路線を強める民主に対し、社民は退潮への焦りに怒りが重なる。「大変厳しい」(嶋崎会長)調整の着地点は、依然見えない。 (大分総局・佐々木直樹)

=2007/08/04付 西日本新聞朝刊=

4318 名前:とはずがたり 投稿日: 2007/10/28(日) 23:12:51
>>4314-4318

>県内では約半数の5選挙区で候補者が未定。
2区は稲富氏に決まり,4区は古賀氏に決まりかけ,11区は恐らく社民から出すことに成りそう。
あとは古賀と麻生の所だけである。

長崎3区はちょいと意外な結果でしたな。。

衝撃の余波’07参院選<5完>再起 政権交代壁なお厚く
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007sanin/kyushu/20070809/20070809_002.shtml

 「日本で一番、解散・総選挙が待ち遠しい男です」
 民主党の元衆院議員、城井崇氏のあいさつに、笑い声が巻き起こった。3日、新日鉄八幡労組などの基幹労連福岡県本部が北九州市小倉北区で開いた納涼会。「いざ鎌倉という折は、ぜひ力をお貸しください」。頭を下げる城井氏に、幹部は「今まで以上に応援する」と請け合った。

 北九州市で躍進する党組織も城井氏を後押しする。2月に党推薦の北橋健治市長を初当選させ、4月の県議選では雪辱を目指す福岡10区に民主系議員が3人誕生。参院選福岡選挙区で民主の岩本司氏が100万票を獲得する原動力につながった。

 10区現職は自民党の「刺客」だった西川京子氏。2005年の前回衆院選で吹き荒れた郵政改革の追い風は過去になり、候補差し替えのうわさも流れる。「自民支持者も応援してくれるようになってきた」。日焼けした城井氏は、既に臨戦態勢だ。

   □   □

 前回衆院選の福岡県内小選挙区で1勝10敗と惨敗した民主党。3区で再選を阻まれた県連副代表の藤田一枝氏も再起に燃える。「これからが本格的な戦い。早期解散に追い込みたい」。参院選前から続ける地下鉄駅前の朝立ちに、一層熱がこもる。

 ただし、県内では約半数の5選挙区で候補者が未定。前回衆院選の惨敗や市長選への転出が影響し、態勢づくりは遅れ気味だ。「年内にも解散があり得るのに…」。県連幹部は焦る。

 統一地方選の党躍進は都市部が中心。郡部にはいまだ県議不在の小選挙区も残る。風頼み、労組頼みからの脱却は容易ではない。対する自民党の顔触れは、麻生太郎外相や古賀誠元幹事長ら大物ばかり。

 「参院選は敵失で勝っただけ。衆院選が今あれば、県内で2つか3つしか取れないんじゃないか」。民主党を支援する連合福岡の山口正三会長は、上げ潮ムードを戒める。
   □   □
 3年前に続いて民主党が「歴史的な」(県連幹部)2連勝を飾った参院選長崎選挙区。開票から一夜明けた7月30日、同県大村市にある同党の山田正彦衆院議員(比例九州)事務所には、厳しい顔が並んでいた。

 後援会関係者の手には、参院選の市町別得票結果。長崎市、佐世保市、諫早市−。民主新人、大久保潔重氏の得票は県内四小選挙区のうち3区の主要都市でトップだったのに、山田氏の地元3区だけは、離島、郡部も含め自民新人の小嶺忠敏氏に全敗だった。

 山田氏は小選挙区制が導入された1996年以降、3区で一度も自民候補に勝っていない。それが、今年4月にあった県議選では選挙区内の離島で非自民系が自民系に3勝一敗と躍進。山田氏は今回参院選で一気に形勢逆転を狙い、精力的に離島を回った。

 しかし、追い風を受けてもなお、自民支持層の厚い壁は打ち破れなかった。「風はまだやんでいない。衆院選で勝つために、もう一度組織づくりを進めたい」。山田氏と後援会幹部は、戦略の練り直しと態勢再構築を図る決意だ。 =おわり

 (地域報道センター・野村創、長崎総局・前田絵)
=2007/08/05付 西日本新聞朝刊=

4319 名前:名無しさん 投稿日: 2007/12/23(日) 16:57:47
がん患者であることを参院本会議で告白し、がん対策基本法の成立に尽力した民主党参院議員の山本孝史(やまもと・たかし)氏が22日午後11時50分、胸腺がんのため東京都内の病院で死去した。58歳。大阪市出身。葬儀・告別式は未定。

 5歳の時に兄を交通事故で失い、立命館大在学中から交通遺児育英会の活動に参加。同会事務局長を経て1993年の衆院選で日本新党から初当選。2001年から参院(大阪選挙区)。一貫して厚生労働畑を歩いた。

 06年5月に参院本会議でがんを告白、与野党の厚労族議員に働き掛け、がん対策基本法と自殺対策基本法の成立に尽力した。闘病生活を送りながら今夏の参院選に比例代表で出馬、当選後にはがん対策や医療格差解消に取り組む意欲を示していた。
[ 2007年12月23日 11:41 速報記事 ] スポニチ

4320 名前:とはずがたり 投稿日: 2007/12/26(水) 23:07:46

>>3495

中山首相補佐官 宮崎市で遊説
2007年07月23日
http://www2.asahi.com/senkyo2007/localnews/miyazaki/SEB200707230032.html

 「選挙区は自民、比例区は公明」という自民と公明両党の選挙協力が九州で唯一結ばれていない宮崎。自民が選挙区で分裂含みなのに加え、同党本部が宮崎にゆかりが深い首相補佐官の中山恭子氏を比例区に立てたことに公明の反発が強いためだ。その恭子氏が22日、夫・成彬衆院議員の地盤の宮崎市で街頭遊説をした。連立与党を組む両党だが、選挙戦後半に入っても溝は埋まっていない。

 恭子氏はこの日、県内数カ所で街頭演説し、拉致問題の解決を訴えた。宮崎市内での演説には成彬氏も同席。自民県連幹部も応援のマイクを握った。中高年の女性らが足を止め、恭子氏の演説に耳を傾けた。

 「恭子氏が宮崎に入るたびに比例区票をごっそり持っていかれる」

 公明の支持母体・創価学会の幹部は不快感を隠さない。公明は、福岡県が地盤の木庭健太郎氏(比例区)の再選を目指しているが、宮崎で知名度の高い恭子氏は木庭氏の得票を減らす要因になると見ているからだ。

 公明は現在、自民現職の小斉平敏文氏からの推薦願いを保留している。自民が一枚岩になるのかが見極められないのも理由の一つだ。今年1月の知事選で自民は分裂。県連が推す候補を公明も推薦したが、惨敗した。

 木庭氏は「公明の支持者が自民候補を応援しても、宮崎では肝心の自民の支持者がどうするのかわからない」と二の舞を避けたい地元の公明の立場を代弁する。

 一方で、今回無所属で出た元自民党参院議員の長峯基氏が公明に接近。自民分裂の「火種」でもある長峯氏と公明の「協力」が一部地域で進んでいる。こうした事情もあり、公明は自主投票にする公算が膨らんでいる。

 選挙戦は激戦模様で、自民県連は公明票の上積みを是が非でも欲しいところ。県連幹部は「支持者名簿を公明に渡した。デタラメな名簿でないことを分かってくれるはずだ」と公明の色よい返事を待っている。

4321 名前:とはずがたり 投稿日: 2007/12/29(土) 19:28:56
ふり返る:07しまね 参院選 /島根
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071225-00000192-mailo-l32
12月25日16時1分配信 毎日新聞
 ◇王国落城、揺れる自民
 「島根で負けるはずがないという『保守王国』のおごりがあった」
 7月の参院選。3選を目指した自民現職の景山俊太郎氏が、国民新党新人の亀井亜紀子氏に敗れた。野党との事実上の直接対決で敗北したことは、盤石を誇った王国の崩壊を意味していた。
 なぜ負けたか。強力な集票マシンだった建設業者や農業関係者が「小泉改革」への不満から次々に離反。市町村合併で議員も減った。「組織の末端まで危機感が浸透しなかった」。県連は敗因をやはり「組織」に求めた。
 9月から、県連は組織の拡充に着手。年会費を3000円に下げた「準党員」の設置、中選挙区時代にフル稼働した後援会の復活。あらゆる形で「王国復活」を模索した。
 「竹下の当落がかかる選挙だ。自民党には抵抗があるが、竹下は好きという人に(後援会に)入ってもらわなければいかん」。自民の竹下亘氏と国民新党の亀井久興氏の一騎打ちが予想される次期衆院選・島根2区。10月5日の総務会で佐々木雄三幹事長代行(当時)は檄を飛ばした。だがある県議は悲痛な声を上げた。「私の支持者でも選挙になれば亀井さんに入れる人がいる。これはどうにもならん」。組織のほころびが「身内」ですら止まらない現状も浮き彫りになった。
   ◆
 一方、総括に至るまでの県連は迷走を極めた。早々と県連会長の辞意を示した青木幹雄氏に対し、「青木さんの指導力がないと選挙は戦えない」と慰留。結局、3役ら他の県連幹部がそろって引責辞任する形で青木氏の続投が決定したが、党員からは「青木さんは責任を取るべきでは」との声が上がった。
 参院選から約2カ月を経てようやく開かれた10月22日の総括会議。青木氏は「全国に誇る保守王国をもう一度立て直すため、先頭に立って頑張っていきたい」と深々と頭を下げた。一方、この日初めて公の場に姿を現した景山氏は「ブログを作って発信し、地域のため少しでも役に立ちたい」と再起の可能性を示唆。景山氏の処遇について、洲浜繁達幹事長は「ノーコメント」を繰り返した。
   ◆
 参院選後に就任した福田康夫首相の下、政府・与党は地方重視の政策へ転換。20日内示された来年度予算案でも地方交付税の拡充などの要求が大きく反映され、県連にとって望ましい結果に見える。
 しかし、洲浜幹事長は危機感をあらわにする。「予算を通して、地方の要望をしっかり形にするのが先。その後でないと総選挙は戦えない」
 解散総選挙の見通しが立たないまま、一触即発の事態は続く。参院選の余波は、まだ終わっていない。【酒造唯】
   ◆
 2007年もあとわずか。県内もさまざまな出来事があった。記者がこの1年の出来事を振り返る。
12月25日朝刊
最終更新:12月25日16時1分

4322 名前:とはずがたり 投稿日: 2007/12/30(日) 13:06:36
吃驚する程社民が円満・低姿勢である・・。秋田2区を譲らない訳にはいかないんちゃうけ?

松浦議員民主系会派へ
通常国会から 最終的には入党も 讀賣秋田
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20071230-OYT8T00076.htm

 無所属の松浦大悟参院議員が民主党系会派入りを希望している問題で、松浦氏は29日、秋田市内で記者会見し、来年1月に始まる予定の通常国会に合わせて民主党系会派「民主党・新緑風会・日本」に入ると表明した。

 7月の参院選で松浦氏を支援した民主党県連、社民党県連、連合秋田、鈴木陽悦参院議員による「4者協議」が同日、秋田市内のホテルで開かれ、最終決定したという。

 8月に会派入りの意向を明らかにしていた松浦氏は「無所属で頑張ってきたが、委員会が一つしか所属できず、質問時間も短かった。格差問題や農業問題についてもう一歩踏み込んで仕事ができると思う」と話した。最終的には民主党入りを考えているという。

 社民党県連の石田寛幹事長は4者協議の後、「年内を無所属で頑張ってくれたことに感謝している」などと話した。

(2007年12月30日 読売新聞)

4323 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/10(木) 16:54:39

決戦2007参院選<山形>
出遅れた自民 公明と結束固め活路
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/kikaku/100/1.htm?from=goo

 参院選の公示が12日に迫った。山形選挙区(改選定数1)に立候補を予定する篠原みえ子(59)(自民)、舟山康江(41)(民主)、佐藤雅之(34)(共産)の新人3陣営はすでに臨戦態勢。3人と、各陣営を支える政党の動きを追いながら、安倍政権の実績や年金記録漏れ問題などを巡って展開される選挙戦の行方を展望する。

 「自公かっちり力を組んでやっていきましょう」
 3日、米沢市で開かれた公明党主催の「篠原みえこ・渡辺たかおを励ます会」。壇上で同党県本部代表・寒河江政好が、篠原みえ子に推薦状を手渡した。

 篠原の立候補表明は4月下旬。出遅れは否めない。篠原はほぼ週1回のペースで、比例選で3選を目指す公明現職・渡辺孝男(57)とともに県内の集会を回っている。

 自民党県連と公明県本部は6月15日、「選挙区で公明が篠原を全面支援し、自民は比例選で衆院選並みに公明へ集票する」ことで合意した。推薦状のパフォーマンスは、篠原と渡辺が二人三脚で回る集会で毎回繰り返され、両党の結びつきの強さをアピールしている。

 1999年に公明が連立政権に参加して以降、今回で国政選挙は6回目。自民が得意だった各種団体による組織選挙は以前ほどの集票力を持たず、代わりに創価学会を支持母体とする公明の組織票が、国政選挙でも地方選挙でも自民候補を支えるようになった。

 「自民党もっとしっかりしろ。公明党の支えがあってやっと(政権を)維持しているんじゃないですか。地方議員は全くそう思う」。3日の米沢市での集会で、来賓の自民県連幹事長代理・中川勝はこうあいさつした。長く地方議員を務めてきた中川ならではの実感だ。

 だが、年金記録漏れ問題などをきっかけに吹き荒れる与党への逆風が、山形でも両党を脅かす。「年金問題に端を発した政局は久間防衛相の辞任に発展し、日増しに自公連立政権にかつてない大逆風をもたらしている」。3日の集会では、地元・山形2区選出の自民衆院議員・遠藤武彦のメッセージが披露された。遠藤は「私の後援会は渡辺先生を推薦した」と続け、自公の結束を呼びかけた。

 安倍政権と距離を置く前自民県連会長・加藤紘一も、6月26日の鶴岡市での集会で「全部我々与党ですから。自公の中から、頼まれた候補について一生懸命頑張って下さい」と参加者に語りかけた。相次ぐ自民側からの公明支援の呼びかけは、自民の公明票への依存がますます強まっていることの裏返しでもある。

 公明も状況の厳しさはひしひしと感じている。自民候補が「小選挙区は自民、比例選は公明」と訴えた2005年9月の衆院選で、公明は県内の比例選で9万6035票を獲得。03年11月の衆院選でも8万6661票を得た。一方、自民が各種職域支部ごとに比例選候補を抱える参院選で公明が獲得した票は、04年7月が6万4055票、01年7月が6万3870票と、衆院選よりも少ない。

 「数の上では公明票は少ないが、ここは自民党さんに気を使っていただいて、『衆院選並み』をお願いしたい」。「壁を破る」と書かれた鉢巻きを締めた公明支持者で埋まった3日の集会会場で、寒河江はこう力説した。従来、各種選挙で強固な組織票を自民に提供してきたのだから、見返りはきっちり出してもらう――寒河江の言葉の端々には、そんな思惑がのぞく。

 6月26日の集会で、年金記録漏れ問題を巡り「首相は会社の上司じゃない。給料を返上して『ごめんなさい』で済む話じゃない。そんな軽い仕事じゃない」と安倍を辛辣に批判していた加藤は、5日に鶴岡市内であったパーティーでは「参院選は党の評判が非常に影響する。怖い選挙なんです」と話し、表だった批判は控えた。情勢が厳しいとされる中で政権批判を突出させるのは得策ではないとの判断があるとみられる。

 「比例選は渡辺孝男先生、選挙区は篠原みえ子に、なにとぞ」。3日の集会では、篠原自身もこうあいさつし、深々と頭を下げた。自公はひたすら結束を固めて逆風に耐え、反転攻勢の機をうかがう。

(文中敬称略)

4324 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/10(木) 16:54:52

決戦2007参院選
<山形>
民主と社民協力 不信乗り越え「風」狙い
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/kikaku/100/2.htm?from=goo

 「自公政権を倒すという大きな目的に向かって、ともに戦っていきましょう」
 6月1日、山形市内で開かれた社民党県委員会は、参院選山形選挙区で、民主党の舟山康江(41)を支持することを正式に決めた。舟山も会場に駆けつけてこう呼びかけ、出席者からは大きな拍手が起きた。

 この決定に、民主県連会長・近藤洋介は「社民党さんには大人の対応をしてもらった」と胸をなで下ろした。民主の有力支持団体・連合山形の加盟労組は、実は民主支持と社民支持に2分される。3年前の参院選にも立候補した舟山の得票と社民候補の得票を合わせると、当選した自民・岸宏一を上回った。今回、民主にとっては、社民と選挙協力ができるか、端的に言えば社民に独自候補擁立を断念してもらえるかどうかがポイントだった。

 民主の思惑通り、社民県連は今年1月、独自候補擁立を見送り、民主候補を支持する方針を内定した。組織の維持のためにも、あくまでも独自候補を擁立すべきとの声も党内には根強かったが、それでも支持を決めたのは、4月の県議選で民主から協力を得られると社民が踏んでいたからだ。

 だが、県議選では社民の期待は裏切られた。鶴岡市区では民主が単独推薦した候補は当選したが、県連代表・田辺省二は落選。寒河江市区でも、民主が単独推薦した候補は当選したが、民主、社民がともに推薦した新人は落選した。

 6月1日の社民県委員会では、舟山が姿を見せる前、田辺が「県議選では5人当選を目指し、そのために民主と選挙協力をしたが、2勝3敗という結果を思うと、その判断がどうだったか問われてしかるべきだ」と述べ、民主への不信感を隠さなかった。

 とはいえ、関係労組が舟山の推薦を次々と決定していく中で、社民にほかに選択肢がなかったのも事実。県連幹事長・広谷五郎左ェ門は「県議選の結果をいちいち検証するのでなく、お互い反省があれば意見交換し、不信感をなくすような努力をしていきたい」と、「大人の対応」をしていることを強調する。

 6月中旬、舟山は社民支持の自治労傘下の自治体職員組合を回り始めた。民主県連関係者は「これまでいくつも選挙を戦ってきたが、自治労を回ったのは今回が初めて」、連合山形関係者も「これまでは2分されていた労組が一体となっている」と手応えを感じている。「今までは負ける選挙ばかりやってきたが、今回は勝つ選挙をする」。そんな心強い言葉を労組からもらった民主関係者もいる。長年培ってきた地盤を持っている社民の地方議員は少なくない。彼らがフル回転すれば集票を期待できる。

 薄氷を踏みながらも、描いた筋書きをたどった舟山陣営。だが、年金記録漏れ問題などによる逆風の中、自民、公明両党が徹底した組織選挙を仕掛け巻き返しを図ってきた時、対抗できるのか。「建設業者にあいさつ回りに行くと、必ず自民のポスターが張ってある。『ああ、ここにも来たんだな』と。締め付けはすごいみたい」。山形の保守地盤の厚さを知る舟山は最近、周囲にこう漏らしている。

 近藤は7月1日、山形市七日町で街頭演説に立ち、「年金を取り戻すため、安心安全の老後を取り戻すため、元気な山形県をつくるため、7月29日は投票に行こう」と叫んだ。「なるべく外に出て、1人でも多くの人に顔を見せ声を聞いてもらう」と舟山も力を込める。投票所にどれだけ多くの人の足を運ばせるかがポイントになる。(文中敬称略)

4325 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/10(木) 16:55:09

激戦の余波 07参院選
<山形>
逆風で王国揺らぐ
13万票差与党を直撃
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/kikaku/101/1.htm?from=goo

 「自民党支持者の自民党批判だ。小泉構造改革の『暗』の部分、都市と地方の格差問題を改めて反省しなくてはならない」

 自民党・篠原みえ子の落選が確実となった29日午後9時過ぎ。篠原の選対本部長を務めた自民党県連会長・遠藤利明は山形市内の篠原事務所で、疲れ切った表情で選挙戦を総括した。

 その数時間後に確定した山形選挙区の開票結果は衝撃的だった。民主党・舟山康江に13万票もの差をつけられ、篠原の地元・天童市以外の県内全市町村で舟山の得票が篠原を上回った。衆参とも選挙区選出国会議員を独占し、県議会も定数の3分の2を占めるうえ、公明党からも協力を受ける――普通に考えれば盤石の基盤を持つはずの自民の威信は、与党への逆風の前に吹き飛んだ。

 2004年の前回参院選で、舟山を振り切って当選した自民・岸宏一は、今回の選挙戦前、「舟山さんに大勝できなかった私には、篠原さんを勝たせる責任がある」と決意を語っていた。岸は、3年前の思わぬ苦戦は、当時小泉政権によって進められていた公共事業削減など一連の構造改革で、自民を支えてきた組織、農村部などが影響を受けている結果だと気付いていたとみられる。

 だが、そうした変化にもかかわらず、難航を極めた末に篠原の擁立を4月に決定した際、党県連会長・加藤紘一(当時)は「かつてないほど党はまとまっている。3か月あれば十分勝てる」と強気の姿勢を崩さなかった。自民王国・山形で自民が立候補を打診しても次々と断られたのに、それが深刻な事態だという危機感が県連に共有されているとは言い難かった。

 選挙戦に入っても、ちぐはぐな対応が続いた。「年金、格差、あるいは農政が問題になったのに、担当の大臣を応援に呼べる状況になかったこと自体が大変異常だった」。篠原敗戦が決まった後、自民衆院議員・遠藤武彦(山形2区)は、「女性は産む機械」発言の柳沢厚生労働相や、事務所費問題が相次いで発覚した赤城農相らを念頭に、政府や自民の対応への不満をぶちまけた。

 与党への逆風にもかかわらず、自民、公明両党は今回、県内の比例選では計約28万票を獲得し、前回選を上回った。だが、読売新聞社と日本テレビ・同系列局が29日に共同実施した出口調査によると、山形選挙区で篠原に投票したと回答した公明支持層は多くはない。

 公明党県本部代表・寒河江政好は30日、「自民と共同で集会を繰り返すなど、最大限のことはした。逆風をはね返すだけのアピールができなかった」と述べた。大敗は与党間の選挙協力にも影を落とした。

 「あるミニ集会で、『自民は2005年の衆院選で勝ち過ぎ、傲慢(ごうまん)だ』という意見を聞いた。農政を含め、地方が切り捨てられているとの不満や批判を検証してこなかったことが、今回の結果の大きな原因の一つ」。遠藤利明は29日、敗戦の弁の中でこう反省を口にした。大敗の根は予想以上に深いのかもしれない。

     ◇

 参院選山形選挙区(改選定数1)では、民主党候補が自民党候補に13万票余りの差をつけ、1989年以降では最多の約37万票を獲得、圧勝した。比例選でも民主が県内最多政党に躍り出た。何が県内政界で起きたのか。今回の結果をもたらした背景と影響を、与野党ごとに検証する。(文中敬称略)

4326 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/10(木) 16:55:21

激戦の余波 07参院選<山形>
「風頼まず」が急務
民主 社民との連携奏功
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/yamagata/kikaku/101/2.htm?from=goo

 「非自民の総力が結集し、一枚岩になったからこそこの結果が生まれた」
 29日夜。山形選挙区で民主党・舟山康江の初当選が決まると、選対本部長を務めた党県連会長・近藤洋介は山形市内の舟山事務所で、上気した表情でこう強調した。

 一夜明けた30日午前、近藤と舟山は県庁で記者会見。近藤は「社民党や連合山形などとの連携は大きかった」と述べ、県連が舟山を支持した社民党や、民主の有力支持組織・連合山形と結束して戦った成果との認識を強調した。会見を終えた2人はすぐさま近くの社民党県連へ出向き、県連幹事長・広谷五郎左ェ門に支援を受けたことへの謝意を伝えた。広谷も「与野党逆転を狙い、舟山支持を選択したのは間違いではなかった」と、成果に満足そうな表情を浮かべた。

 こうした組織戦に加え、自民・篠原みえ子に13万票差をつけての当選は、年金記録漏れ問題などを巡る与党への逆風という「風」に支えられた面も大きかった。

 読売新聞社と日本テレビ・同系列局が29日に共同実施した出口調査では、「支持政党なし」と答えた層の8割弱が舟山に投票したと回答。組織や団体に属さない無党派層から大量に得票した結果が舟山の大勝につながったのは間違いない。

 だが、「風」に乗った選挙は、風がやんだ途端に失速する。山形選挙区で非自民系の議員が誕生するのは、1989年の第15回選挙で、リクルート事件や「反消費税」の追い風を受けた星川保松(連合の会)以来18年ぶりだが、風がやんだ3年後の第16回選挙では自民候補が当選。さらにその3年後は自民推薦候補の前に星川自身も涙をのんだ。

 衆院でも、民主は山形1、2区とも直近2回の選挙で自民に連敗し、3区は05年選挙では独自候補さえ立てられなかった。党代表・小沢一郎が今回の選挙を見据えて早くから山形を始めとする1人区対策に乗り出していたのも、1人区では自民が強固な地盤を張っているところが多いからにほかならない。

 投票日前、近藤は「ここで参院議員を1人作れば、県議が10人いっぺんにできたのと同じくらいの意味がある。これまで民主になかった基盤ができることになる」と述べた。

 今回共闘した社民県連関係者が「これで舟山さんを『国会議員の応援弁士』として市町村選挙に呼べる」と話すように、選挙区が全県に及ぶ参院議員は、地方議員の多い社民や足腰の弱い民主にとって強力な助っ人になる。

 解散がなく、6年間じっくりと政治活動に打ち込める参院議員が誕生したことの意味は、民主にとって決して小さくない。2年以内に迫った衆院選に向け、足腰を鍛えて「風頼み」を脱せられるのか。民主が今後、県内で根づくことができるかどうかは、舟山の活動や力量に負うところが大きいのは間違いない。(文中敬称略)

(青山健一、江村泰山、佐野司が担当しました)

4327 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/12(土) 21:34:30
>>3089-3092辺りに出馬関連記事
公明党県本部幹部は「(石津氏は)浮動票が多く、うちがそこから得るものはない」と冷淡だ>>3384と思ってたけど12日の公示日、鹿嶋市での石津の街頭演説に公明党の鹿嶋市議2人が駆けつけたぐらいの事はしたんだな。
また石津は公明の他キシロー系にも滲透したんか。台風の眼には成れなかったけど。

>>4267
> 記者A 無所属で健闘した石津政雄氏だが、実は自民と民主の候補者公募に自薦でエントリーしてたそうだ。「両方から断られて最後は脱政党かよ。無節操過ぎる」とあきれる人もいたよ。
> 記者C 石津氏は地元の鉾田市で圧倒的な強さを発揮した。意外と本当の狙いは次の市長選だったりして。今回の結果次第じゃ知事選も考えていたのかな。
割りと節操ないのも衆院2区の民主候補者として反撥喰らう理由の一つか。

足並み乱れる自公
【茨城】茨城選挙区立候補者(改選定数2)
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin2007/feature/0010/fe_010_070720_01.htm

藤田 幸久 57 民新
石津 政雄 60 無新
田谷 武夫 55 共新
工藤 敏隆 46 国新
長谷川大紋 64 自新
武藤 博光 45 諸新
(届け出順)

農相問題 どう影響
間隙狙う 保守系新人

 改選定数2を自民、民主両党で分け合い、実質的に無風選挙が続いてきた茨城選挙区で、「変化」の兆しが見えている。

 全国的に自民党と公明党の選挙協力の流れが定着する中、茨城では自民党が公明党に推薦要請しなかった。この間隙(かんげき)を突こうとしているのが、保守系無所属の新人、石津政雄だ。石津は18日、高萩市内のスーパーマーケット前で、「大政党、団体の後ろ盾はないが、地域の皆さんの声を国政に届ける気概はだれにも負けない」と訴えた。「茨城都民」など無党派層に照準を絞り、草の根選挙を展開する石津は、公示間近の6月24日に出馬を表明した。

 石津の出馬に、自民党新人、長谷川大紋の陣営に動揺が走った。石津が衆院議員中村喜四郎(茨城7区・無所属)や中村の系列県議ら一部保守層の支援を受けるだけでなく、県内で十数万票もつと言われる公明党にも急接近したためだ。

 石津は出馬表明した日の夜、公明党県本部の幹部を訪ね、世論調査の数字を示しながら、「自分にも当選の可能性がある。ぜひ支援を」と迫った。幹部は明確な返答は避けたが、12日の公示日、鹿嶋市での石津の街頭演説に公明党の鹿嶋市議2人が駆けつけた。

 公明党の茨城選挙区での対応は「自主投票」。

 民主党新人の藤田幸久陣営も「公明票の大半を獲得すれば、石津氏は台風の目になる」と警戒する。

 与党の足並みの乱れは、2004年の前回選挙が影響している。選挙区で自民党候補は公明党の推薦を得、民主党候補に10万票差をつけて圧勝したが、比例選で自民党は民主党を3万票も下回った。

 自民党側は、その原因は公明党との選挙協力にあると見る。「公明党は『比例は公明』と自民支持層に猛烈に働きかけ、自民の比例票まで大量に奪ってしまう」というわけだ。4月の統一地方選でも、「名簿を渡した後、公明関係者が後援会幹部の家に連日押し寄せてきた」と、自民党県議から悲鳴が上がった。

 ただ、中央で連立を組むだけに、公明党県本部代表の石井啓一衆院議員は、「県本部の一部に、推薦を要請しない自民党への不快感はある。だが、自公協力が崩れることはない。個別議員同士の信頼関係もある」と述べ、石津支援は限定的との考えを示唆する。

 長谷川陣営をさらに慌てさせたのは、農相、赤城徳彦(衆院茨城1区)の事務所費問題だ。

 公示前には赤城と長谷川が並ぶポスターも張り出され、陣営では「農相就任は追い風」と歓迎したが、問題発覚で一転、危機感が広がった。陣営に抗議の電話はほとんどないが、陣営幹部は「逆に不気味だ。不満が他候補への投票で爆発しなければよいが」と懸念する。(敬称略)
 
(2007年7月20日 読売新聞)

4328 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:38:41
>旧自由党が03年に民主党に合流した後、民主、社民両党は衆院選で2回(2003、05年)、参院選で1回(04年)選挙協力を模索してきたが、不調に終わってきた。
>社民党県連の関係者は、その理由を「県内では民主より社民が力を持っているから」と説明する。
>民主党の倍以上の県議を抱える社民党県連は、全国で勢力を減らしつつある社民党の数少ない牙城(がじょう)の一つ。
>一方、民主党は国政で勢力を伸ばしつつも、地方レベルでの組織力が弱い。国政と地方レベルとで勢力関係がねじれる両党の関係が共闘を阻んできたという。

共闘の行方―07参院選
<上> 6年ぶり野党共闘
カギは国民新の綿貫氏
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/122/1.htm

 「富山は自民党王国といわれているが、この富山でこういう(野党共闘の)形ができあがったことは意義がある」
 富山市出身の医師森田高氏(39)の立候補表明会見が23日、開かれ、小沢一郎・民主党代表は、森田氏を挟んで又市征治・社民党幹事長と並ぶ形で、こう述べ、参院選での与野党逆転に向けて意気込みを見せた。
 会見終了後、民主党県連の山上正隆・政調会長は、感慨深げに語った。「これで安心した。あとは、しこりなく選挙本番を迎えられれば……」

 県内の国政選挙で野党統一候補予定者が誕生するのは、前回2001年の参院選以来、実に6年ぶり。両党の支持母体・連合富山の当時の事務局長が、旧自由党を交え3党の推薦を受けて戦った。

 ただし、この時は、立候補表明が公示までに3か月を切っていたことや、比例選に力を注いだ各党がフル回転しなかったことなどから、自民の野上浩太郎氏(39)に21万票差をつけられ惨敗している。

 旧自由党が03年に民主党に合流した後、民主、社民両党は衆院選で2回(2003、05年)、参院選で1回(04年)選挙協力を模索してきたが、不調に終わってきた。
 社民党県連の関係者は、その理由を「県内では民主より社民が力を持っているから」と説明する。

 民主党の倍以上の県議を抱える社民党県連は、全国で勢力を減らしつつある社民党の数少ない牙城(がじょう)の一つ。一方、民主党は国政で勢力を伸ばしつつも、地方レベルでの組織力が弱い。国政と地方レベルとで勢力関係がねじれる両党の関係が共闘を阻んできたという。

 それにもかかわらず、今回の共闘が成り立ったのは、「小沢代表の力が大きい」と、民主党県連関係者は話す。県連ではなく本部レベルで水面下の候補予定者選考、社民党への打診を行い、この日にこぎつけた。

 しかし、社民党県連の思いは複雑だ。県連レベルで社民党に初めて共闘の打診があったのは、森田氏の会見前日の22日。同県連は会見直前の当日午後、常任幹事会を開いて承認を得るというドタバタを余儀なくされた。

 菅沢裕明・同党県連幹事長は、「民主の姿勢には問題があった」と不満を隠さない。又市幹事長も「民主は、上で決めて下におろすトップダウン。県連から積み上げて党本部にあがるボトムアップの社民とはズレがある」と指摘し、共闘体制が一枚岩でないことを暗示した。

 さらにもう一つの不安要因がある。今回の参院比例選で、民主は広野允士氏、社民は又市幹事長が改選期を迎える。各県連が2人の選挙対策本部の中心となれば、選挙区選は手薄となり、「2001年の二の舞いになるのでは」との推測がささやかれている。

 また、昨年の衆院選で約12万票を得た綿貫民輔・国民新党代表の動きも不透明だ。坂野裕一・民主党県連幹事長は、「国民新党の協力も得て、3党の無所属統一候補に」と話すが、23日に県内入りした綿貫代表は、「分からない」と言葉を濁した。

 事実上の“綿貫党”である国民新党の選択肢は、民主、社民と協調するか、静観を決め込むか。又市幹事長は「公党の党首が『協力する』と言った。覆ることはない」とけん制するが、「協力すれば自民との決裂は確実」(自民党県議の一人)。綿貫代表の地元・南砺地域からも、「綿貫さん本人なら応援するが、それ以外は……」という苦悩が伝わってくる。

 綿貫代表の離脱後、党員が減少し、崩れ始めた富山の「自民王国」を“本籍”として守るのか、与野党逆転に向けた一歩を踏み出すのか――。綿貫代表の決断が大きく流れを左右することは間違いない。

4329 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:38:52

共闘の行方―07参院選
<下>民主・社民を警戒
自公協力進展するか
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/122/2.htm

 「来年4月に当選なさったら、恐縮ですが、その3か月後には私の戦いがありますから」

 県議選は来年4月8日投開票で、参院選は7月に予定される。野上浩太郎・参院議員(39)(自民、1期)は、富山市石金で24日に開かれた自民党の県議選立候補予定者の事務所開きで祝辞の後に、来夏の参院選のことを切り出し、会場から笑いが漏れた。

 23日には、民主、社民両党による無所属統一候補予定者の医師森田高氏(39)が同市内で参院選・富山選挙区(改選数1)への立候補を表明したばかりだ。

 同選挙区で再選を目指す野上氏は、「昨日、具体的な動きが出てきました。大変厳しい戦いになります。なにとぞよろしくお願いします」と、頭を下げた。

 野上氏は立候補を表明した4月以降、毎週末、富山に戻り、精力的に県内各地に顔を出している。秋までには、地元・富山市の党市連幹部と共に県内の支部すべてを回り終えた。「決して楽な選挙ではない」と、野上氏周辺も口を酸っぱくして支持者らに語り、組織引き締めに当たっている。

 2001年、野上氏は33万7000票で初当選。得票率約66%という圧勝だった。34歳の若さに加え、当時人気絶頂だった小泉前首相の「小泉フィーバー」も勝利に影響した。

 しかし、04年参院選で当選した自民党の河合常則氏の得票率は46%にとどまり、民主党候補に4万6000票差まで迫られた。富山市内の得票だけで見ると、河合氏は民主党候補に700票差をつけられている。

 また、民主党候補に社民党候補の得票を加えた票は、河合氏より1万1000票上回っていた。自民党関係者には衝撃が走り、今も危機感が続いている。

 こうした自民対野党共闘の激しいつばぜり合いを一歩引いた形で見ているのが、自民党と中央で連立を組む公明党だ。同党県本部の関係者は、「我が党としては、接戦の方が良い」と明かす。

 選挙区で候補を立てない同党は、参院選を比例選一本に絞っている。選挙区選で自民党を支援する代わりに、同党から「比例は公明」とするPRを期待している。自民の選挙区選が接戦であればあるほど、協力関係は強まるという見方だ。

 これまで、野上、河合の両氏は公明党からの推薦を受けており、今回も、自民党県連は、野上氏の推薦を依頼する予定。同党県連関係者は、「状況によっては、公明とのつながりをより強化する必要が出てくるかもしれない」と指摘する。

 一方、共産党県委員会は、党県常任委員の泉野和之氏(49)を擁立する。泉野氏は4月の立候補表明以来、県内各地で演説会をこなし、政治的主張を浸透させている。同委員会の反保直樹委員長は、「手応えはすごく良い。県民の皆さんの期待を感じる」と話す。

 ただ、野党共闘については、「民主は政策面などで自民と変わらない点がある。にもかかわらず社民が手を組むのは、オール与党化の流れにほかならない」と、警戒感を強めている。

 森田氏の立候補表明で、与野党の顔ぶれが出そろった参院選。“熱い”夏の陣に向け、各党の動きは早くも加速化しつつある。
 (この連載は、関泰晴、米川丈士、大山博之が担当しました)

4330 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:39:07

>今月10日夕、自民県議にとって“踏み絵”ともいえる2つの集会が、高岡市内で同時に開かれた。
> 衆院議員萩山教厳(比例選北陸信越ブロック)が、市内のホテルで後援会総会を開催すると、かつて「県連のドン」と言われた国民新党代表、綿貫民輔(富山3区)は約1キロ離れた経済団体のビルで講演会を開き、持論を展開した。
>今回は、県西部の自民県議12人中、所用で欠席した2人を除く10人が萩山の後援会に出席した。終始、笑顔の萩山を横目に、ある県議は、「こんな時、あちら(綿貫側)に行くのは、党人としてどうかと思う」とつぶやいた。
>自民が頼みにしていた県西部は、綿貫の離党した影響が大きい。さらに、4月の県議選で県東部の5選挙区すべてで無投票になり、参院選でも自民県議の活動が鈍いという声も出る。
>綿貫の講演会には、出身の砺波地方を中心に、自民の市議や前県議らが集まり、影響力の強さも見せた。


各党の思惑−07参院選
<1>組織再生
綿貫不在 進む自公協力
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/129/1.htm

 今月10日夕、自民県議にとって“踏み絵”ともいえる2つの集会が、高岡市内で同時に開かれた。
 衆院議員萩山教厳(比例選北陸信越ブロック)が、市内のホテルで後援会総会を開催すると、かつて「県連のドン」と言われた国民新党代表、綿貫民輔(富山3区)は約1キロ離れた経済団体のビルで講演会を開き、持論を展開した。

 2人は、2年前の衆院選富山3区で争い、綿貫が12万票で当選。10万票の萩山は比例で復活した。当時、自民県議10人が綿貫を支援したが、今回は、県西部の自民県議12人中、所用で欠席した2人を除く10人が萩山の後援会に出席した。終始、笑顔の萩山を横目に、ある県議は、「こんな時、あちら(綿貫側)に行くのは、党人としてどうかと思う」とつぶやいた。

 参院選富山選挙区(改選定数1)に、自民は「地方の再生なくして、国の活力なし」と訴える現職の野上浩太郎(40)を擁立する。有権者に占める党員割合が4・44%と全国一。同選挙区で13連勝し、“王国”と言えるが、綿貫不在の国政選に危機感は強い。

 「今のままの自民党では日本を救えない。(参院選は)最も大きな流れの変わり目」。こう強調する綿貫の講演会には、出身の砺波地方を中心に、自民の市議や前県議らが集まり、影響力の強さも見せた。

 綿貫は依然、態度を鮮明にしないが、党との板挟みになり、「どれだけ組織が動くか未知数」と言う地元県議もいる。別の県議は、「支援者から、『わしゃ綿貫党』と言われたら、どうしようもない」と明かす。

 自民が頼みにしていた県西部は、綿貫の離党した影響が大きい。さらに、4月の県議選で県東部の5選挙区すべてで無投票になり、参院選でも自民県議の活動が鈍いという声も出る。

 県議会が開かれていた14日午後、県議会議事堂の会議室で開かれた自民党議員会の会議。「各地域支部の選対の発足が遅い」「新規の後援会員の集まりが悪い」。参院選対策を話し合うと、幹事長の鹿熊正一ら執行部は渋い表情を崩せなかった。

 県議が足を運んで集める候補予定者の後援会の新規会員が伸び悩み、ある自民県議は、「紹介がゼロの県議もいた」と話す。

 前回04年の参院選後に進んだ市町村合併の影響も少なくない。県内で03年に約500人いた自民系の市町村議員が、06年には約200人減り、支持者を回る市町村議が減少した。そこで、野上のおひざ元、富山市連支部長の五本幸正らが5月、この元議員約200人を回り、「引退した皆さんの力も不可欠」と支持を求めた。

 年金などで逆風が予想される中、野上を推薦し、約4万票を抱える公明党への依存も進む。自民県連幹部は、「本来なら自民組織だけで、一本立ちすべきだが」と歯切れが悪い。

 綿貫という中心を失った富山自民。逆に、「我々の仕事が見えるようになる」(自民県連幹部)と力説する。組織の真価を問う戦いが迫っている。

(敬称略)

4331 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:39:25

> 「民主党は森田さんを担ぎ出したが、運動は社民が強い。もっと民主党がんばれ、という思いだ」
> 富山市内で5月26日に開かれた社民党県連の定期大会。来賓としてあいさつした連合富山会長の草嶋安治はこう言い放った。…会場では、うなずく姿が目立っていた。
> 「社民は、機関紙に候補の情報を載せ、20万戸に配った。それに比べ、民主の運動は弱い」と、草嶋は発言の説明をする。

各党の思惑−07参院選
<2>共闘・連携
組織未整備、民主風頼み
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/129/2.htm

 「民主党は森田さんを担ぎ出したが、運動は社民が強い。もっと民主党がんばれ、という思いだ」
 富山市内で5月26日に開かれた社民党県連の定期大会。来賓としてあいさつした連合富山会長の草嶋安治はこう言い放った。
 草嶋は、両党が富山選挙区(改選定数1)に推薦する無所属新人の医師森田高(39)の選対統括責任者。草嶋の言葉に、会場では、うなずく姿が目立っていた。
 「社民は、機関紙に候補の情報を載せ、20万戸に配った。それに比べ、民主の運動は弱い」と、草嶋は発言の説明をする。

 今回、民主は公募に応じてきた医師の森田を、野党共闘の候補予定者として擁立。2001年に、旧自由党を含めた野党共闘候補として草嶋を擁立して以来、6年ぶりに共闘を中央主導で実現させた。

 というのも、前回04年の参院選で、民主と社民の県連は共闘を模索したが、結局、いずれも独自の公認候補を立てた。民主の約19万票と社民5万7000票を合わせると、自民の約23万6000票を1万票以上も上回っていた。そこで、今回は県連レベルではなく、中央の党幹部同士が話し合った。

 擁立された森田は医師らしく、「富山から日本を治す」をキャッチフレーズに、街頭演説のほか、ミニ集会、支援する労組を回る。だが、草嶋ばかりでなく、陣営からも民主の姿が見えないとの指摘が強い。

 民主の県議と市町村議は計8人、党員とサポーターは約1600人と減少傾向で、いずれも自民の25分の1程度に過ぎない。県議や市町村議と連携した地域への浸透が弱点となっている。

 自民候補に大きく水をあけられてきた砺波地方では、「人が集まらず、ミニ集会の開催すら困難。(活動全体が)風頼みにならざるを得ない」(民主関係者)という。

 4月の県議選で、民主、社民、国民新の3党推薦の無所属候補として戦い、自民が独占してきた富山市第2区(旧婦中町など)で、初当選した場家茂夫も民主は、イメージ先行型と指摘する。

 「都市部では民主のイメージは良い。風を吹かせるのに、民主は効果がある」と説明する。ただ、地域を細かく回るのは、地域に根ざした社民の党員や労組員だった。民主県連幹事長の県議、坂野裕一は、「今後は細かく浸透できる活動を考えたい」と言うが、具体策は見えないままだ。

 民主は今回、参院議員で県連常任顧問の広野允士(64)の再選も狙う。広野は01年、旧自由党から比例選に出て、約6万票の個人得票で当選したが、大半は県内の票だった。
 今回、民主の比例で当選する最低ラインは10万票以上とされるため、票の上積みが必要となる。森田との二人三脚で知名度アップが欠かせないが、ある陣営幹部は、「もっと連携してもいいのでは」と気をもむ。
 民主が躍進できるか――。改善されていない組織作りが、壁として立ちふさがる。(敬称略)

4332 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:39:41

各党の思惑−07参院選
<3>自、民の2大化警戒
浸透図る共産 社民又市死守へ
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/129/3.htm

 「医療問題で医師会に行くと、『考えは同じだ』と言われた」。参院選富山選挙区(改選定数1)に立候補予定の共産新人、泉野和之(50)は3日、富山市内の事務所開きのあいさつで、党の政策への理解が保守層にも広がっている例として、県医師会とのやり取りを挙げた。
 ただ、医師会側からは「立場があって、一緒にはやれない」と言われたことを付け加えた泉野。事務所責任者で県議の火爪弘子は、「実際に共産党に有権者に投票してもらうには、まだ力が必要」と認める。

 党県委員会には最近、政治とカネの問題などへの批判から、「共産党頑張れ」という電話が増えているという。5年前なら、保守系の福祉団体を訪れても、名刺の受け取りさえ拒否されたが、今は、医療費問題を巡る集会にともに参画する。県医師会の政治団体が9日に開いた参院選出馬予定者の意見表明会には、泉野が招かれた。

 こうした「共感」(反保直樹・県委員長)が、必ずしも支持拡大に結びついていないのが実情だ。1990年代後半、30人を超えた市町村議員は現在17人。国政選でも、98年の参院選比例選で5万弱の票を得たが、2001年は約2万2000票、04年は約2万3000票と半減した。
 泉野の選対幹部は、反自民票が、「自民、民主の『2大政党』が宣伝される中、『現実的』な民主党に流れている」と分析する。
 共産は今回、改選5議席を上回るため、全国で比例選650万票獲得を狙い、県内では前回選の1・7倍の4万票が目標だ。泉野を前面に出し、比例選では「共産」と書いてもらう戦略だ。だが保守層には「『泉野』と書いてもいいが『共産』とは書けない」(選対幹部)と抵抗感は強い。
 火爪らは、このギャップを埋めるため、若年層、民主系労組が強い県内企業への働きかけを強める。


 今月7日、社民党県連の富山ブロック決起集会は、危機感をあおる言葉で埋め尽くされた。
 社民は今回、選挙区に候補を立てず、01年に比例選で当選した県出身の党幹事長、又市征治(62)の再選に懸ける。だが参院比例選は「非拘束名簿式」で、各党ごとに多くの個人名票を得た候補者から当選が決まるため、「近所で『社民党と書けばいいんやろ』と言われた。そうじゃない、『又市』と書いてほしい」と訴え続ける。
 「党幹事長だから名簿の上位にいて大丈夫という、(名簿上位から当選が決まる)衆院比例選と混同している」。社民県連幹事長の県議、菅沢裕明は話す。
 富山は社民の地盤が強固な地域の一つで、又市の再選に8万票を目標とする。比例獲得議席は01年の3から04年では2に減った。01年に3位当選だった又市陣営に危機感が募る。
 県議の田尻繁は、「自民は苦境だが、風は民主にしか吹かないのでは」と表情を曇らせる。又市の当選は、県連ばかりの課題ではない。菅沢は「護憲政党として党の顔は落とせない」と力を込める。(敬称略)

4333 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:40:55
>>4330-4333
各党の思惑−07参院選富山

各党の思惑−07参院選
<4>影響力維持
動かぬ国民新、2陣営を翻弄
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/129/4.htm

 「個人的には応援しているよ」。ほろ酔いで上機嫌の国民新党代表、綿貫民輔(80)がにこやかに言うと、国会議員、大学も後輩にあたる自民の参院議員野上浩太郎は、ひたすらかしこまっていた。
 2006年2月中旬、富山市桜木町の飲食店で開かれた、綿貫ら慶応大学OBの宴席に、同じくOBの野上が呼び出された。綿貫は前年の衆院選で、46年間在籍した自民を離党したばかり。参院選まで1年半あったが、綿貫は野上にこう言っていたという。

 綿貫はその後、公の場で「自民党にこれ以上力を付けさせる必要はない」と反自民の姿勢を明示する。こうした発言を、砺波地方のある市議は、「綿貫さんは心から自民党を憎んではいない。党人、公人としての態度」と解説する。
 私人と公人の両面を使い分けるやり方は、参院選富山選挙区(改選定数1)に立候補予定の野上と、国民新への支援要請をしている民主、社民推薦の森田高の両陣営を翻弄する。

 森田陣営は、出馬表明から半年たっても、支援要請に回答がないことをいぶかしむが、綿貫の反自民発言を「ありがたい」(社民県議・菅沢裕明)と受け取る。

 逆に、野上陣営は、「いつ向こうに動いてもおかしくない」(自民県議)と警戒するが、森田支援と「反野上」を明確に表明しないことに安心している。

 国民新は、参院選後の政界再編に向け、決定権を握ろうとする思惑もある。「『カード』は切らないから効果がある。綿貫さんは、自分自身がカードと分かっている」

 県議の一人はこう指摘して、自民県連に決定的な決別をしない一方、国民新党代表として民主、社民にも配慮し、県内の与野党双方に影響力を維持し、いざというときに、どちらにも動ける戦略、と説明する。

 綿貫は、野上も森田も関係ない比例選では、党の議席増を狙い、国民新への投票を呼びかける。県西部の自民県議は、2005年衆院選の比例選で、国民新が県内で約11万票を得たことから、「5万票以上は固い」と見る。

 だが、綿貫が県内で積極的に比例選の活動をする様子は見られない。県内党員も約5000人いるとみられるが、組織も未発達で、27日に党本部で開かれた会見で、綿貫は、県内での比例獲得目標数も「分かりません」と言葉を濁した。

 綿貫が、建設大臣などの経歴を通じ、情熱を注いできた「東海北陸自動車道」が今年度、全線開通する。綿貫は「私の大きなモニュメントがまた一つできる」と笑うが、ある南砺市議は、「綿貫さんだって、自民に戻って開通式に臨みたいだろう」と推測する。

 さらに、「今回の参院選は、綿貫さんにとっても正念場」と語る。政局の読み間違えは、築き上げた地盤や信頼を揺るがすばかりか、今後の発言力に悪影響を及ぼしかねないからだ。

 政党、候補予定者、そしてベテラン政治家が、それぞれの思惑で動き始めている。(敬称略、おわり)
     ◇
 この連載は、米川丈士、柳沢亨之が担当しました。

4334 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:41:22
各党の思惑−07参院選
綿貫氏苦渋の「反自民」
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin2007/feature/0010/fe_010_070727_01.htm

【富山】富山選挙区立候補者(改選定数1)
野上浩太郎 40 自現〈1〉 (公)
泉野 和之 50 共新  
森田 高 40 無新 (民)(社)(国)
(届け出順。カッコ内は推薦政党)

立場と支援者の板挟み

 国民新党代表、綿貫民輔がようやく重い腰を上げた。

 24日、参院選公示後初めて地元・富山県入りし、南砺市で期日前投票を済ませ、小矢部市のJR石動駅前で街頭演説に立った。

 綿貫は「森田候補は、公約に郵政民営化反対と格差反対を掲げた。私たちと言うことは同じだ」と述べ、国民新党が推薦する無所属新人、森田高に1票を投じたことを明らかにした。ただ、「(政治の)流れを変えるには、富山も変えてもらわねばならない。私はもう自民党には投票できない。心を察するだけでなく、よろしくお願いしたい」と語り、森田への支持呼びかけが「苦渋の決断」であることをにじませた。

 自民党現職、野上浩太郎に、民主、社民、国民新の3党が推薦する森田が挑む富山では、重鎮、綿貫の動向が大きなカギを握る。だが、綿貫はなかなか態度を鮮明にできずにいた。

 郵政造反組として自民党を離れた綿貫だが、後援会や系列の地方議員には、自民党員が多い。綿貫の森田支援は即、自らの支援者の「分裂」を意味する。

 このため、昨年末から森田への国民新党推薦を求めてきた民主党代表の小沢に対し、綿貫は首を縦に振れずにいた。綿貫は「自分のことを自分で決められなくなっている」と周囲に苦悩を漏らすこともあった。

 国民新党が森田推薦を決めたのは公示直前の11日。傘下の県議からはその直前まで、「推薦をやめてくれ」との電話があったが、党代表代行の亀井静香、幹事長の亀井久興がそれぞれの地元で自民党と激しく争う中、「党代表としてしめしがつかない」と考えての「一大決心」だった。

 森田陣営の選対本部長、村井宗明(民主党衆院議員)は、「これで(民主、社民、国民新の)3本の矢がそろった」と、綿貫「参戦」に歓喜の声をあげた。

 対する野上陣営。すでに5月には、綿貫の森田支援も想定し、綿貫の地盤を含む県西部担当の選対総括責任者に、05年の衆院選で綿貫陣営の選対本部長を務めた上田信雅(自民党県議)をあてた。側近を巻き込み、綿貫の動きを封じ込めるための布石だった。

 野上陣営幹部は、綿貫の動向について、「推薦を決めても、綿貫後援会はフル回転できない」と強調する。

 ただ、陣営内にはピリピリしたムードも漂う。12日の出陣式では、県選出の自民党参院議員、河合常則が、「心を鬼にして、野上さんの勝利に頑張りたい」と厳しい表情で訴えた。自民党の大先輩だった綿貫を敵と見なす、事実上の決別宣言と周囲は受け止めた。

 富山のほか、石川、福井を含めた北陸3県は、もともと自民党の牙城(がじょう)だが、今回は予断を許さない激戦区ばかり。自民、民主両党とも「北陸決戦」と呼び、終盤選挙の焦点に位置づける。

 25日には、安倍首相、小沢が共に富山入り。安倍は魚津市に1500人を集め、「野上さんは参議院のホープだ。ここでつぶしてはならない」とかすれ声を振り絞った。小沢は富山市で街頭演説後、記者団に、「富山では綿貫さんの影響力が大変大きい。国民新党も『日本の政治はおかしい、力を合わせ、変えていこう』との立場だ」と強調し、綿貫との連携に自信を見せた。(敬称略)
 
(2007年7月27日 読売新聞)

4335 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:41:36

動いた政治地図−07参院選
<上>3党共闘 綿貫頼み政策後回し
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/132/1.htm

 29日午後11時半過ぎ、参院選富山選挙区で当選を決めた直後の森田高(40)の富山市内の事務所は支持者の大歓声に包まれていた。その中で、声をかき消されないよう、選対本部長の衆院議員・村井宗明(民主)は壇上でマイクに叫ぶ。「富山県の歴史が完全に変わったことを宣言します」。

 「自民王国」富山の参院選で1968年以来、39年ぶりに野党系候補が勝利したという、新しい「歴史」の原動力は民主、社民、国民新の「3党共闘」。中でも陣営幹部は、国民新党代表、綿貫民輔のテコ入れが効いた、との見方で一致する。連合富山の幹部は「綿貫なしで勝利はあり得なかった」と言い切る。この3党の共闘は、本県の国政選挙では初の試みだった。

 衆院議員歴38年で、「自民のドン」(選対幹部)と言われた綿貫。自民系支持者への配慮から「森田支持」表明を長く控えたが、公示前日の11日夜に国民新の推薦を発表すると、支援企業は素早く反応した。

 さらに、最終盤の26日午後には、綿貫の出身地、南砺市井波地区に「綿貫が27日に森田と初の合同演説会を行う」との知らせが届くと、これまで模様眺めをしていた後援会会員が一斉に「選挙区は森田」と電話攻勢を始めた。

 森田陣営からは早くも、「衆院選も3党共闘で戦う」との声も出る。綿貫への恩義から、次の衆院選富山3区で民主、社民両党が綿貫を支援する構想という。

 しかし、今回の参院選では、3党共闘が「綿貫頼み」のあまり、組織、政策の両面で、ちぐはぐさを露呈したのも事実だ。

 南砺市井波地区の綿貫後援会長、山本秀夫は、23日夜に同地区で森田の個人演説会が開かれるのを知ったのは帰宅途中の同日夕だった。会場に駆けつけると、選対幹部が「綿貫が24日に森田と初めて選挙カーに乗る」と言っていた。山本は、それも知らなかった。

 しかも、24日の「綿貫、森田のツーショット」は中止となった。森田陣営幹部によると、森田側の事前宣伝を嫌った綿貫側の意向だという。民主党県連の幹部は「綿貫後援会のだれにどう、何を頼めばいいのか分からなかった」と連携不足を認める。

 3党の政策上の違いも否めない。たとえば憲法。「憲法9条を守るのかどうかが争点だ」。15日、JR高岡駅前での3党の合同演説会で、社民党県連幹事長で県議の菅沢裕明は訴えた。だが、他党は憲法に言及しなかった。

 菅沢は「(国民新とは)憲法問題で違いもあるが、与野党逆転(という目的)の枠の中で位置づけたい」と政策上のねじれを認める。ある陣営幹部は「憲法問題を始め、あえて政策をあいまいにした面もある」と話す。

 当選した森田が、参院でどの会派に入るかという問題も迫る。連合富山会長の草嶋安治は「政権交代を願う富山の有権者の思いに応えなければならない。だからこそ3党間のボタンの掛け違いを避けなければ」と戒める。3党共闘という「実験」は始まったばかりだ。
(文中敬称略)(柳沢亨之)

4336 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:42:08
>>4335-4336
>選挙戦最終日の7月28日夜、街頭演説ができなくなる午後8時を回っていたが、自民の野上浩太郎…は、富山市内の国道交差点でがむしゃらに手を振る。その姿には悲壮感すら漂っていた。
>日付が変わる午前0時まで、少しでも多くの人に覚えてもらう「手振り」作戦。組織に頼れない民主候補が主に行い、自民側は批判的な方法だった。
>だが、選挙戦が終盤になると、接戦が伝えられ、苦肉の策だった。

>推薦した公明との不協和音もささやかれる。公明党県本部代表の島田一は、「事務所費など問題が多すぎた。支持者から『あまりにもお粗末』との批判があった」と明かす。その言葉を裏付けるように、読売新聞などが実施した出口調査では、公明党支持層の3割弱が森田に投票していた。

動いた政治地図−07参院選
<下>自民王国
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/toyama/kikaku/132/2.htm

 選挙戦最終日の7月28日夜、街頭演説ができなくなる午後8時を回っていたが、自民の野上浩太郎(40)(公明推薦)は、富山市内の国道交差点でがむしゃらに手を振る。その姿には悲壮感すら漂っていた。

 日付が変わる午前0時まで、少しでも多くの人に覚えてもらう「手振り」作戦。組織に頼れない民主候補が主に行い、自民側は批判的な方法だった。だが、選挙戦が終盤になると、接戦が伝えられ、「なりふり構っていられなくなっていた」(自民関係者)ための苦肉の策だった。

 しかし、当選した森田高(40)と野上は約2万6000票の大差。敗因の一つは、組織力の弱体化だった。

 平成の大合併前の2003年に約500人いた自民系の市町村議員は、06年には約300人に減り、党員も10年前に比べてほぼ半減した。

 さらに、国民新党代表・綿貫民輔の森田支援が加わった。04年参院選で、自民新人の河合常則は、次点の民主現職と4万6000票差だったが、この半分以上は、綿貫の地元、砺波地方で広げたもの。今回、同地方では、森田が野上の得票を上回っていた。

 野上陣営は、県内34の党地域支部に選対を設置。県議、市町村議らがフル回転し、一方で、手振り作戦のような、無党派層を意識した作戦も導入し、週末、休日は街頭演説に力を注いだ。選対本部長の鹿熊正一は「死力を尽くしてできる限りの戦い、運動、取り組みをした」と話す。

 だが、「こんなに大差が付くとは」(自民党県議)と言うような大敗。この衝撃は、次の衆院選への不安にそのまま結びつく。

 今回の結果を衆院選の富山1〜3区に当てはめると、1区と3区で敗北、2区で接戦になる。1区は、野上と法相・長勢甚遠の後援会がほぼ同じため、長勢の足元を不安視する声もある。

 推薦した公明との不協和音もささやかれる。公明党県本部代表の島田一は、「事務所費など問題が多すぎた。支持者から『あまりにもお粗末』との批判があった」と明かす。その言葉を裏付けるように、読売新聞などが実施した出口調査では、公明党支持層の3割弱が森田に投票していた。

 自民執行部は、落選決定翌日の30日、緊急の役員会、常任総務会を開き、現在の執行部の体制維持を決め、今後の対応策を検討した。無党派層の取り込みの仕方や、選挙活動の見直しなど様々な意見が出たというが、抜本的な対策はなかった。

 ベテラン県議は、「多くの党員を抱え、細かく細かく支援を訴えるのが我々のやり方。それを愚直にやるしかない。今更、どう変えればいいのか」と本音を漏らす。

 39年ぶりの敗戦で、かげりも見えた「自民王国」。大組織は、岐路に立っている。(文中敬称略)

(米川丈士)

4337 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:57:08

ドキュメント 統一地方選
好機に便乗「参院選に出る…」
http://www.yomiuri.co.jp/election/local2007/feature/0006/fe_006_070406_01.htm?from=goo

 統一地方選は、夏に「本番」を迎える参院選の立候補予定者にとって、地歩を築くための前哨戦でもある。特に、地盤や看板を持たない新人にとっては「顔と名前を売り込む絶好のチャンス」だ。

 「まもなく県議選の民主党候補が駆け付けます。案内させていただいているのは民主党の米長晴信です」

 5日昼前、山梨県山梨市の商店街。夏の参院選に山梨選挙区から民主党公認で出馬する元民放記者、米長晴信氏(41)はマイクでこう訴え、県議選候補の遊説の“露払い”をした。

 山梨選挙区は、参院選で民主党が力を入れる1人区。小沢代表の肝いりで昨年8月に擁立が決まった米長氏は、幼いころ約3年間、県内に住んだだけだ。「落下傘候補」に近い。これに対し、自民党が先月、公募で擁立を決めた不動産管理会社社長、入倉要氏(41)は、甲府市在住で、大型観光イベントも手がけるなど活躍している。

 米長氏は「相手の方が知名度が上。参院選に出る自分が、統一選で名前を出すのを疑問視する声はあるかもしれないが、渡りに船だ」と正直だ。「選挙中は支持者が集まる場所がいくつもあるので効率的」と、県議選の民主党系候補の出陣式や集会をこまめに回り、握手と自己紹介を欠かさない。

 共産党が擁立する党県常任委員の花田仁氏(46)も政党カーで各地を回る。一方、入倉氏は自民党系候補が競合する選挙区が多いため、目立った動きを見せていない。

 小沢民主党代表のおひざ元・岩手選挙区(改選数1)。松下政経塾出身の千田(ちだ)勝一郎氏(36)は、自民党の公募に応じ出馬する。

 岩手には自民党の国会議員が2人しかおらず、支持基盤が弱いだけに、勝つには「自民でも民主でもない中間派」をいかに取り込めるかがカギを握る。千田氏は、知事選と県議選の応援に走り回りながら、こうした勢力との人脈づくりに狙いを定める。

 「ご苦労さまです。自民党参院選挙区支部長の千田です」
 千田氏は5日午前、小沢代表の地元でもある奥州市に足を運び、県議選で民主党の公認候補5人を相手に激戦を繰り広げている無所属候補(60)の事務所を訪ねた。

 この日が4度目の訪問だが、千田氏の顔を知らない運動員も少なくない。千田氏はすかさず「今度、自民党から参院選に出る者です」と、顔写真入りの名刺を配り歩いた。
 「勝一郎? 『一郎に勝つ』ということか。そりゃあ、いい名前だ」
 一人の支援者が冗談めかすと、千田氏の顔に安堵(あんど)の笑みが浮かんだ。
 一方、民主党は現職の平野達男氏(52)が再選を狙う。5日は朝から、花巻市で県議選候補の応援演説に立ち、「ご支援を参議院議員、平野達男からもお願い申し上げます」と自己PRに余念がなかった。
 共産党の若山明夫氏(54)、社民党の本宮秀孝氏(61)も、党公認候補の支援で県内各地を回る。
(2007年4月6日 読売新聞)

4338 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:57:28

決戦の構図 07参院選
(1)松岡ショック 自民 不安の連鎖
http://chubu.yomiuri.co.jp/tokushu/kessen/kessen070605_1.htm

 「安倍内閣は年金問題を1年で解決すると宣言している」。自民党現職の鈴木政二(58)は3日、名古屋駅前で声を張り上げた。この日、同駅前では、愛知を最重点区とする公明党代表の太田昭宏が、「どうしても勝ちたい。未来に責任を持つ政治をやりたいんです」と訴え、年金の記録漏れで内閣への攻撃を強める民主党の愛知県連代表、近藤昭一は、市内のホテルで開かれた県連大会で、「何としても2人の当選を果たさなければならない。政権交代を愛知から」とゲキを飛ばした。

 参院選で、愛知選挙区(改選数3)が各党の主戦場と化している。前回2001年、約97万票を得てトップ当選し、安倍内閣で官房副長官の要職を務める鈴木も危機感を強める。
 その安倍内閣は5月28日、激震に見舞われた。
 正午過ぎ、新幹線で名古屋に到着したばかりの鈴木の携帯電話が鳴った。発信は首相官邸。松岡利勝農相(当時)が自殺を図ったことを伝える電話だった。参院選での支援依頼のため保育園団体の会合に向かっていた鈴木は、関係者にひと言わびただけで、東京へとんぼ返りした。
 松岡農相を巡っては、資金管理団体の事務所費や光熱水費問題のほか、「緑資源機構」の官製談合に絡んでも受注業者から献金を受けていたことが浮上した。明確な釈明がないままの自殺は、「政治とカネ」に対する国民の不信感を呼び起こす。

 愛知選挙区には、3選を狙う鈴木のほか、民主、公明の現職、民主、社民の新人、共産の元議員らが出馬を表明しており、激しい争いが予想される。
 鈴木は、4月の県議選で、地元・知立市の自民党現職だった秋田政幸(65)が民主党新人に敗れたことで、足元の支援態勢にも不安を感じていた。
 「もう一遍、原点に返ろうと思います」。鈴木は2日、地元固めのために急きょ知立市で事務所開きを行い、支持者に頭を下げた。
 自民党支部長を務める秋田は、「松岡農相の自殺を耳にした時、ただでも選挙が厳しい中、内閣と自民党のイメージダウンは避けられないと思った。鈴木の選挙への不安材料がまた一つ増え、がく然となった」と打ち明ける。同党愛知県連幹事長のかとう南も、「年金問題と松岡農相の自殺で、与党に対する有権者の風向きが険しくなることは間違いない」と情勢の変化を警戒する。

 三重県では、県議選の尾鷲市・北牟婁郡選挙区で当選した塩谷龍生(67)(辞職)が公選法違反(供応買収など)で逮捕、起訴され、公認した自民党は「松岡ショック」と合わせ、二重の衝撃を受けた。

 三重選挙区(改選数1)に自民公認で立候補予定の新人、小野崎耕平(37)は、若さと清新なイメージがセールスポイント。党三重県連幹事長の山本勝は、「当然、野党の追及もあるだろう。何とか影響が及ばないようにしたい」と話すが、その影響がすでに出始めている。

 事件の舞台となった県南部は自民党の支持基盤の強い地域。しかし、尾鷲市内では、事件の影響で参院選に向けた活動を自粛する空気が広がっている。市内の自民党関係者は、「個人演説会の場所や日程なども決めなければならない時期だが、いまだに地元後援会長も決まっていない状態だ」とこぼす。(敬称略)

 7月5日と見込まれる参院選の公示まであと1か月と迫った。憲法改正のほか、国民年金、「政治とカネ」を巡る問題など、重要な課題が浮上している。有権者の支持を求めて、しのぎを削る立候補予定者や政党の動きを追う。
(2007年6月5日 読売新聞)

4339 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:57:45

決戦の構図 07参院選
(2)「年金」で攻勢 2人擁立民主“内憂”
http://chubu.yomiuri.co.jp/tokushu/kessen/kessen070606_1.htm

 「与党は、一生懸命頑張って年金を納め、老後に備えているみなさんの期待を裏切っている」。民主党愛知県連代表の近藤昭一が、3日の県連大会で声を張り上げた。会場からは大きな拍手とともに、「そうだ」と声が上がった。
 小沢代表が自らの「政治生活の総決算」とする参院選で、民主党は、与党の参院での過半数割れを至上命題として、愛知選挙区(改選数3)に現職の大塚耕平(47)と新人の谷岡郁子(53)の2人を擁立する。2日の全国幹事長会議では、同選挙区を重点区と位置づけ、年金記録漏れ問題を争点に掲げ、攻勢をかけることを決めた。

 三重選挙区(改選数1)に立候補する民主現職の高橋千秋(50)は、「有権者の関心は高く、間違いなく大きな争点になる」と、年金を巡る政府の対応への批判を強めている。
 5日夜、三重県明和町で開いた国政報告会では、「国会で何度も追及してきたが、政府は問題を隠し、放置してきた。もっと早く手を打てたはずで、政府の責任は重い」と力を込めた。さらに、来年5月までに完了させるとした政府の調査についても、「調査の準備だけで1年はかかる。ごまかしだ」と切り捨てた。
 「年金の情報が5000万件失われた。もしこれが銀行だったら、そんなところに絶対預けない」。谷岡は2日、名古屋市内での講演会で厳しく批判し、大塚も、「官僚がまじめに仕事をしていない証拠だ。自民党は構造改革と言ってきたが、何も改革できていない」と指摘する。
 「(民主党に)追い風が吹いている。1勝1敗ではだめ。2勝が勝敗ラインだ」と、愛知県連選対委員長の伴野豊も意気込む。

 対する与党は、急浮上した年金問題の対応に必死だ。
 愛知選挙区の自民現職、鈴木政二(59)は、「みなさんの不安をなくそうと、一気に対応策をまとめた。1年以内に調べてきちんとする。民主党は代替案はないと言っているじゃないか」と反論する。

 公明党代表代行の浜四津敏子は2日、名古屋市内での街頭演説の大半を年金問題に割き、「まじめに働いてこなかった社会保険庁を改革する法案が衆議院で可決された。それを実力で阻止しようとしたのが民主党だ」と批判を返した。党愛知県本部代表の荒木清寛は、「議員には一人ひとりに資料を持たせ、丁寧に説明させる」と話した。

 ただ、民主党愛知県連も2人当選に向けた支援態勢に不安を残す。
 「みなさんの話を聞いていると、私が立候補するのが迷惑のように聞こえる」。4月27日、大塚と谷岡の支援割り振りについて議論が交わされた県連幹事会で、谷岡は不満をあらわにした。

 6年前の参院選では、現職の大塚を支援した地方議員が多く、「今度谷岡さんを支援するとなったら、後援会に何と説明すればいいのか」と繰り返す議員がいたからだ。谷岡は、「大塚さんの票を横取りして当選するつもりはありません」と続け、会議の空気は重苦しさを増した。

 県連は、最終的に大塚79万票、谷岡71万票を得票目標にしたが、支援の軸となる連合愛知には、組織を大塚8割、谷岡2割に振り分けて支援するよう要請した。

 大塚に組織の支援を手厚くした理由を、伴野は、「知名度のある谷岡は、無党派層による伸びが期待できるから」と説明するが、無党派層取り込みの戦略は明確になっていない。

 連合愛知会長の神野進は、「2人支援するあり方がきちっとなっているのか。僕らもやるけど、自分たちもやっているという姿勢も見せてもらわないとついて行けない」と、県連にくぎを刺した。(敬称略)
(2007年6月6日 読売新聞)

4340 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:58:00

決戦の構図 07参院選
(3)「公認」のしこり 「一枚岩」課題残す
http://chubu.yomiuri.co.jp/tokushu/kessen/kessen070607_1.htm

 「金子先生と住み分けを図り、国のために働きたい」。参院選岐阜選挙区(改選数2)に自民党推薦の無所属で立候補する藤井孝男(64)は1日夜、党県連会長で衆院議員の金子一義と何度も握手を交わした。会合があった岐阜県高山市は金子の強固な地盤。藤井は、出席した地元の金子後援会員ら約200人に笑顔を振りまき、金子との「融合」をアピールした。
 衆院選に小選挙区制が導入された1996年以降、2人は、選挙区(岐阜4区)と比例選で交互に入れ替わる「コスタリカ方式」で当選し、共存してきた。しかし、藤井は一昨年、郵政民営化関連法案に反対し、公認を外された衆院選の選挙区で金子と激しく戦って敗れた。元々、参院議員出身の藤井は「苦い経験」を踏まえ、参院選に再くら替えの道を選択したが、まだ復党はしていない。
 藤井は、「無所属の違和感はなく、今でも自民党員と思っている」、金子も藤井について、「自民党公認候補と同じ」と、一体感を強調するが、互いに張り合ってきた2人の後援会関係者がどこまで「一枚岩」になれるかは未知数だ。
 金子の後援会幹部は、「(選挙の)火種をなくし、確実に住み分けができるために(藤井を)応援する。しかし、そうすんなりと応援できない会員も少なくない」と明かす。
 「郵政法案」を巡るしこりは、衆院選岐阜1区で戦った衆院議員の野田聖子と佐藤ゆかりの間でも残る。2人は、藤井と一緒に写ったポスターを別々に作製するなど、次期衆院選に向けた勢力拡大で、今も火花を散らしている。

 「参院選の勝利が政権交代の足がかりになる」として、3選を目指す民主党現職の平田健二(63)は、「年金や介護、医療など生活中心の政策に変えよう」と訴える。

 しかし、民主党県連も「一枚岩」になれない、お家の事情を抱える。候補者選考を巡って昨年夏に離党届を提出した元党県第2区総支部代表代行で医師の小島昭次郎(53)をはじめ、役員や党員計約50人が今年1月、離党や役職を辞任する事態に発展した。

 候補者選考では、党の有力支援者の一部に世代交代を求める声があり、小島が意欲を見せていた。しかし、県連では絞りきれず、相談を受けた党本部が選考を主導しようとしたため、小島の反発を招いた。党県連代表の園田康博が5月、小島らに謝罪した結果、小島らは、選挙で連合岐阜傘下の地元労組には協力するとしたものの、党県連への協力には難色を示したままだ。

 平田は、「2区で離党したのは一部で、全員ではない。これまでよりもやりにくい選挙だが、その現状を承知のうえで、必勝態勢を組んでいる。連合岐阜が足腰になってくれる」と話すが、党県連幹部は、「しこりが残っているため、(選対の)形はできても、中身は厳しい」とこぼす。

 一方、新人の加藤隆雄(58)を擁立する共産党は、「うちはしがらみが全くなく、ごちゃごちゃした問題もない」と党の政策を正面から訴える。
 県の裏金問題を積極的に取り上げた同党は、4月の県議選岐阜市選挙区(定数9)で、新人が従来の票を大幅に上積みし、2位で当選した。加藤は、「貧困と格差の是正に力を注ぐ。安倍首相の暴走政権を止め、必ず前進して勝利する」と訴え、足元に不安を抱える自民、民主への切り込みを図る。(敬称略)
(2007年6月7日 読売新聞)

4341 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:58:29

決戦の構図 07参院選
(4)憲法改正 「9条」巡り温度差も
http://chubu.yomiuri.co.jp/tokushu/kessen/kessen070608_1.htm

 「私は、党よりも、国民の代表としての責任を重んじる。党議拘束を外せない時は党を出るのではなく、党を割る」。愛知選挙区(改選数3)に出馬する民主党新人の谷岡郁子(53)が市民団体との会合で、憲法問題について、きっぱり言い切ると、会場はその迫力に、一瞬静まり返った。

 「改正の前に、今の憲法を守るべき」が、谷岡の持論だ。「今ですら憲法をゆがめ、形骸化させている人々の、改正の議論には付き合ってられない」と切り捨てた。

 一方、同党の現職大塚耕平(47)は、「憲法は時代に合ったものを作る必要があり、環境権などの新しい権利や財政条項を盛り込むべき」と、改憲に理解を示す。ただ、9条については「改正には反対。ただし、自衛隊の位置付けが必要」と話す。
 5月14日、憲法改正手続きを定める国民投票法が成立し、安倍首相は参院選の争点にすると表明した。しかし、年金記録漏れ問題など新たな争点も次々に現れる中、同じ党内でも立候補予定者の間で食い違いが出てきた。

 連立与党の自民、公明も一枚岩ではない。自民党現職の鈴木政二(59)は、「有権者は関心がないかもしれないが、憲法の論議がなしという選挙ではない」と断言する。だが、「環境問題など憲法全般で議論する」として、争点を9条には絞らない考えだ。背景には、連立する公明党を含め、他党の“土俵”での勝負を避ける思惑がある。

 同党現職・山本保(58)は街頭演説で訴えかける。「世界から戦争をなくすことが日本の使命であり、公明党の基本路線。私たちは憲法9条を堅持する」

 「自民党を説得し、憲法全部をいっぺんに変えることは出来ないようにしよう。公明党がいれば、安全、安心だと言われるよう仕事をしたい」と、与党の中での歯止め役として、憲法問題でも積極的に存在感をアピールする構えだ。

 これに対し、共産、社民の両党は「護憲」を前面に打ち出す。共産党元議員の八田ひろ子(61)は、谷岡の発言に、「国会は党議拘束よりも、その政党の基本的立場が問われる。最初から割って出るつもりなら、党の公認を受けるというのは、いかがか」と敵意を隠さない。

 2月の愛知県知事選では自公・民主対決のはざまで、推薦した候補が大敗し、同県議選でも議席を奪還できなかった。八田自らも返り咲くための正念場を迎えている。八田は7日、名古屋市中区の街頭で、「安倍首相は憲法を変えて、戦争への道に戻ろうとしている。絶対に許すことはできない」と声を強めた。

 三重選挙区(改選数1)から立候補する同党新人の中野武史(32)の陣営も、「最近は年金問題に費やす時間が増えたが、共産党としては、憲法改正を争点から外すわけにはいかない」と話す。中野は、「9条を守り抜こうとする共産党に対する期待は大きい」と訴える。

 「憲法9条2項。『国の交戦権は、これを認めない』。この13文字があるからこそ、日本は戦争をせず、自衛隊員も命を落とさない」。愛知選挙区に出馬する社民党新人の平山良平(59)は4日、名古屋・栄の繁華街に立ち、通行人に力説した。平山は、「旧社会党の流れをくむ民主党が憲法改正に賛成している状態だから、社民党員が選挙に出る必要がある」と力を込めた。(敬称略)

(2007年6月8日 読売新聞)

4342 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 00:58:59
>>4338-4342

決戦の構図 07参院選
(5)与党で2議席 連立 愛知が試金石
http://chubu.yomiuri.co.jp/tokushu/kessen/kessen070610_1.htm

 愛知県東海市で8日夜、開かれた自民党の同市支部総会の会場に、同党市議と並んで来場者を出迎える公明党参院議員の山本保(58)がいた。
 「鈴木さんと一緒になって、引っ張ってもらいたいと思います」。参院選愛知選挙区(改選数3)で3選を目指す山本が来賓のあいさつを終えて退席すると、自民党現職の鈴木政二(59)が入れ替わるように駆けつけ、「民主は2人出る。共産もいる。連立の公明さんも正直、戦う人間としては敵です」と、切迫した表情で訴えた。

 連立を組んで8年目になる自民党と公明党は、これまでも「選挙区は自民、比例は公明」などといった形で、選挙協力を重ねてきた。だが、山本、鈴木が同じ愛知選挙区で、民主党の現職と新人、共産の元議員、社民の新人らと議席を争う今回は、少し事情が違っている。

 「50万票が至難の業の愛知で、何としてでも六十数万票まで持っていかなくてはならない」。名古屋駅前のミッドランドスクエアで4日、講演した公明党代表の太田昭宏はこう語り、「(与党で過半数には)公明の13議席は『織り込み済み』とされるが、なかんずく愛知は厳しい」との見方を示した。

 小泉旋風で自民が大勝した6年前の愛知選挙区の得票は鈴木が約97万票、民主の大塚耕平(47)が約66万票、山本が約50万票。これに対し、3年前は、当選した民主の2人が計約142万票を得票。今年2月の愛知県知事選でも、民主などが推した新人が約136万票を獲得しているからだ。

 このため、公明党は参院選に向けた太田の全国遊説を名古屋からスタートさせ、今月2、3日には、代表代行の浜四津敏子と太田が相次いで愛知入りし、支持母体の創価学会員らが全国から集まった。さらに、県内の地方議員も連日、街頭に立ち、「火の玉になって必勝を目指す」(党県本部代表・荒木清寛)が、なくてはならないのが自民党の協力だ。

 「これまでうちは『貸し』ばかり。今度は、返してもらう番だ」と公明党愛知県本部幹事長の鬼頭英一は言う。4月の同県議選で、公明党は4年前の2倍以上の44人の自民候補を推薦し、うち35人が当選した。一昨年の衆院選で、同県内の自民候補が、9勝6敗と躍進した背景にも公明票の下支えがあった。

 支援を待っているだけではなく、自民の有力支援団体である医師会、歯科医師会にも手を伸ばし始めた。

 こうした動きに対し、鈴木は、2日開かれた14区の自民党の公職者会議で、「(選挙協力をしたら)自民党の組織が壊れてしまう」と、けん制した。松岡農相(当時)の自殺、年金記録漏れ問題で、足元が大きく揺らいでいることも、陣営には気がかりだ。同党愛知県連幹部も、「公明票頼みの議員が山本支援に雪崩を打ったら、鈴木は危ない」と懸念する。

 自民党県連は8日、執行部会と支部長会議を開き、「与党で2議席」を重大使命とすることを確認した。医師会、歯科医師会などの3割程度は山本支援に回るよう求めるなど、一定の「選挙協力」をするが、鈴木の地元の三河には触れさせない――。鈴木と山本の“住み分け”を図る方針だ。

 公明の鬼頭は言う。「山本の票が伸びなければ、次の協力はない」。公明党と強いつながりを持つ自民党県連会長代理の寺西学は、「愛知で与党が2議席をとれるかどうかが、参院選、さらには次の衆院選の行方を決する」と話す。愛知の選挙協力の成否は、連立の“試金石”となる。(敬称略、終わり)

 ※連載は、青山丈彦、金成真也、井沢夏穂、三戸慶太、市川憲司、譜久村真樹、磯野大悟、酒井智則が担当しました。

(2007年6月10日 読売新聞)

4343 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 01:00:16
参院選 新風景〜「突風」の中の攻防
(1)年金争点 自民に戸惑い
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin2007/feature/0005/fe_005_070616_01.htm

無党派対策 練り直し

 2007年最大の政治決戦となる参院選にどう挑むのか――。安倍政権が誕生した昨年秋、自民党は広告会社3社から、選挙戦に向けた広報戦略のアイデアをひそかに募集した。

 A社<安倍新総裁への有権者の期待のキーワードは「解決」。背景にあるのは北朝鮮問題解決への尽力のイメージ。この好意的イメージを活用しない手はない>
 B社<統一地方選終了後〜参院選。「訴求テーマ」高い支持率を維持して選挙戦突入を目指す。争点が矮小(わいしょう)化されやすい中での責任政党の理念への共感獲得>
 C社<新たな自民党支持層開拓に向けて、20歳〜35歳(プリクラ世代+団塊ジュニア)に対する支持層拡大を検討すべきだ>
 C社の報告書には、こんな作戦もつづられていた。
 <自民党の勝ちパターン「先行逃げ切り型」。野党の土俵に乗らず、「自民党に有利な争点」への注目を維持し続ける展開が必要>

 こうした提案を受けて、自民党は、安倍晋三首相が掲げる憲法改正や教育改革を前面に押し出し、参院選に臨むつもりだった。

 ところが、そのシナリオは、すでに崩れ始めている。約5000万件の年金記録漏れが大きな問題となり、内閣支持率も急落した。有権者、とりわけ無党派層の心をどうつかむのか。自民党は右往左往している。

 5月29日、自民党本部6階の会議室。党年金問題緊急対応委員会の第1回会合は重苦しい空気に包まれた。前日には、松岡利勝農相(当時)が自殺した。

 沈黙を破ったのは、中川秀直幹事長だった。
 「年金問題に関する自民党のビラを作り、民主党の菅直人代表代行の責任を追及していこう。これで反撃できる」
 青木幹雄参院議員会長も「6月2〜3日に青年局主催の街頭演説を全国で行うことにしている。それに合わせて、ビラを配れるようにしてほしい」と同調した。

 菅は、基礎年金番号の導入を閣議決定した時の厚相だった。菅を名指しで攻撃するビラの作成には、政府・与党への批判の矛先をかわす狙いがあった。

 第1弾のビラは、1日の党役員連絡会で了承され、全国の党組織に配布された。だが、党内からは「責任逃れをしているようで、参院選にマイナスだ」との声が上がった。ビラを「お蔵入り」にする組織も相次ぎ、党執行部は修正版の作成を余儀なくされた。

 自民党は安倍政権発足時に、世論対策を一元的に企画・立案しようと広報戦略会議を発足させた。中川幹事長や二田孝治広報本部長らがメンバーとなり、首相官邸からも、広報担当の世耕弘成首相補佐官が随時出席している。PR会社「プラップジャパン」の社員も加わり、情報発信の方法を助言している。

 だが、年金ビラの作成は、党幹部の協議で決まり、広報戦略会議では十分な議論ができなかった。関係者は「PR会社の意見も聞かず、場当たり的な対応になってしまった」と漏らす。

 民主党の選挙運動には、ミュージカルが登場する。

 荷台がステージとなるトラックを使い、年金記録漏れ問題をテーマに俳優が歌い、踊る。劇団名は「年金取り戻し隊」。近く全国を回り、候補者の街頭演説の前座を務める予定だ。
 自民党を批判する政策ビラも作成中だ。自民党政権下で、年金が施設整備などに流用されてきたことに触れ、「まるで振り込めサギだね」と指摘する内容だ。
 ターゲットは、安倍政権に厳しい目を向け始めた無党派層だ。ただ、年金一本やりで選挙戦を乗り切ろうとしているわけではない。
 6日、民主党の小沢一郎代表と菅、鳩山由紀夫幹事長が党本部で選挙戦略について話し込んだ。
 「『生活重視』で訴えてきた結果が、年金問題に結びついた。広報戦略はあまり奇をてらうのでなく、正攻法でいこう」
 小沢の言葉に、他の2人も大きくうなずいた。
 自民党が年金問題の拡大を恐れているのと逆に、民主党は「政府の対策が浸透してくると、追い風が弱まる」と警戒している。
 「年金はもちろん訴えていくが、それだけで十分ではない。『生活』という土俵をすえて、税金の無駄遣いとか官僚の天下り問題を追及し、二の矢、三の矢を放っていく必要がある」
 最近、鳩山は党内の会議などで口癖のように、こう語っている。(敬称略)

 参院選が間近に迫ってきた。年金記録漏れ問題などで内閣支持率が急落する中、野党は攻勢をかけ、与党は、信頼回復に躍起となっている。様変わりする「選挙の新風景」を追う。
(2007年6月16日 読売新聞)

4344 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 01:00:27

■参院選 新風景〜「突風」の中の攻防
(2)農村票争奪 ビラ200万枚
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin2007/feature/0005/fe_005_070619_01.htm

 参院選に向けて、与野党が農業に熱い視線を注いでいる。

 今にも雨が降り出しそうな梅雨空の下、安倍晋三首相は16日、佐賀県小城市三日月町の田んぼで、田植え作業を体験した。その後、農業関係者を前に「(日本は)瑞穂(みずほ)の国ですから、美しい農村は必ず守っていきます」と訴えた。

 自民党は参院比例選で初めて、JAの組織内候補を擁立する。安倍は5月19日、北海道の農業施設の視察を手始めに、全国遊説を始めた。「これまで固い支持基盤だった農協票を民主党には渡すまい」と思い定めているという。

 一方、民主党の小沢一郎代表は昨年から、参院選で勝敗のカギを握る1人区の行脚を続けてきた。小沢は岩手県奥州市に田んぼを持ち、毎年、相当量を市場に出している。コメづくりの現場を知っていることを「売り物」にしている。

 「私、仲間内では、農業のことを分かっている方だと思っております。話を聞かせてもらいたい」

 4月18日、熊本県植木町で、小沢は農業関係者約50人にこう語りかけた。

 出席者から「日本が米国と同じように規模を大きくして競っても勝てるわけない」と不満の声が出ると、小沢は「農家の規模を大きくし、効率を上げる今のやり方は日本では意味がない」と相づちを打った。

 民主党の農業政策の目玉は、個々の農家を対象にした戸別所得補償制度の創設だ。生産費と市場価格の差額を農家に支給する制度で、予算は1兆円を想定している。自民党は「ばらまき」と批判するが、小沢は「必要なセーフティーネット(安全網)」と意に介していない。

 〈自民党政権が続けば、日本の農家は壊滅する。民主党が政権をとれば、日本の農家は生き返る〉

 民主党は様々な農政問題のビラを作り、全国で配布している。すでに100万枚を超えたという。

 民主党幹部は「農村部は、黙っていても、選挙になれば自民党だった。農家が今の農政に矛盾を感じ、自民党への投票をためらうようになってもらえれば成功だ」と意気込む。

 「民主党のビラが農村部に浸透しつつある」

 5月25日、自民党の農林関係合同会議では、出席者から焦りの声が相次いだ。

 自民党は参院選公約に、「小規模農家も含めた多様な担い手を育成する」ことを盛り込み、防戦に努めている。民主党の主張に反論するビラも製作し、地方組織に配布した。

 〈デタラメな民主党農政。(民主党が1兆円と見積もる戸別所得補償制度は)実際には2・5兆円必要になる〉

 こちらも、100万枚を刷る予定だ。

 自民党農林族議員の批判の矛先は、政府にも向けられている。

 「自民党の公約と政府の『骨太の方針』(経済財政運営と構造改革に関する基本方針)があまりにも違ったら、選挙は戦えない」

 元農相で、自民党選挙対策総局長を務める谷津義男は6月6日、内閣府に乗り込み、大田弘子経済財政相にすごんだ。

 「骨太の方針」原案の検討過程では、経済財政諮問会議の民間議員から、「日米経済連携協定(EPA)の共同研究の早急な開始」などが提案された。谷津らは、国際競争にさらされる農家の不安を呼びかねないと心配した。

 谷津らの巻き返しの結果、12日に示された原案では、日米EPAについては、「将来の課題として検討」との表現にとどまった。

 ただ、自民党内では、「安倍政権の改革姿勢が後退したと受け取られかねない」(都市部選出議員)と懸念する声が出ている。選挙戦では、訴えが混乱する恐れもある。

 12日、東京・日比谷野外音楽堂。生産者ら3000人余りが参加し、全国農業協同組合中央会(全中)の全国大会が開かれた。

 全中会長の宮田勇はあいさつで、自民党に対する複雑な心境を吐露した。

 「農村をないがしろにした『美しい国』はあり得ない。農業・農村の現場に不安を与えるような方針の決定は、参院選にも決定的な影響を与えるものであり、決して認められない」(敬称略)
(2007年6月19日 読売新聞)

4345 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 01:00:51

■参院選 新風景〜「突風」の中の攻防
(3)自公 「身内」で票奪い合い
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin2007/feature/0005/fe_005_070620_01.htm

 今月14日、国会3階にある自民党幹事長室で、公明党の北側一雄幹事長は自民党の中川秀直幹事長と、1枚の「覚書」を取り交わした。

 覚書は、参院選の埼玉、千葉、愛知の3選挙区を「与党協力区」と名付け、公明党が千葉で協力する代わりに、愛知、埼玉で協力を得る――という内容だ。

 公明党が1999年に自民党と連立を組んでから、7年余り。強固な創価学会の票を背景に、国政選挙のたびに自民党との間で協力関係を深めてきた。だが、与党候補同士がぶつかりあう選挙区で協力するのは、初めてだ。

 同席した公明党の井上義久総合選対本部長は笑みを浮かべて、こうつぶやいた。
 「これで、愛知で堂々と協力をお願いできますよ」

 公明党は、自民党の地方議員や、支持団体にも次々と触手を伸ばしている。
 今月4日、自民党愛知県議(党県連会長代理)の寺西学は、名古屋市中村区の自宅事務所で、公明党幹事長の北側を迎えた。「あいさつに来ました。山本をよろしくお願いします」。頭を下げる北側に、寺西は「受けた恩義は返します。信義は守ります」と答えた。寺西は4月の県議選で、40人余りの自民党候補と共に、公明党愛知県本部の推薦を受けていた。

 8日後、寺西は名古屋市内のホテルに自らの後援者の財界人らを集め、山本を紹介し、こう呼びかけた。
 「この会で山本さんを支援していこうじゃありませんか」
 一方、愛知県内の開業医らで作る県医師連盟は5月24日、自民党の鈴木とともに、公明党の山本を支援することを決めた。同連盟幹部は「2月の愛知県知事選で、公明党には大変世話になった。その恩返しで、票を振り分ける」と語る。

 県歯科医師連盟も山本への支援を検討中で、関係者はこんな票読みをする。
 「鈴木の地盤の三河は鈴木。そこから、尾張側は山本でやる方向だ。会員の数をそのまま割り当てれば、山本6、鈴木4の割合になるだろう」

 公明党の動きに、鈴木陣営からは、悲鳴にも似た声が出始めた。
 8日夜、愛知県東海市で開かれた自民党東海支部総会。鈴木は、切々と訴えた。
 「大変恐縮ですが、連立内閣を組んでいる公明党さん。この公明党さんについても、選挙を戦う人間として敵でございます。戦う人たちとは正々堂々とやりたい。票の取引など愚かな話であります。自民党が弱くなるだけです。心や票を売るなんていうのは、もってのほかであります」
 鈴木が壇上に上がる前には、山本があいさつし、会場を後にしていた。
 5月後半から、年金記録漏れ問題や松岡利勝農相(当時)の自殺などで、政府・自民党に対する有権者の視線は厳しさを増している。与党は、天下り規制などを盛り込んだ公務員制度改革関連法案の成立を期して、12日間の国会会期延長に踏み切る方針で、参院選日程も、当初予定の「7月5日公示―22日投票」から、1週間ずれ込む見通しだ。

 ある自民党幹部は「公明党と選挙協力に関するこんな覚書を結ぶことは、事前に全く知らされていなかった。党内では、『今の自民党によその党に票を回す余裕があるのか』という波紋が広がっている」と漏らす。

 逆に、民主党愛知県連の幹部は「この風向きなら圧勝もあり得る。民主党の2候補がワン・ツー・フィニッシュという可能性だってある」と意気軒高だ。

 深化する自公選挙協力は、難しい局面に差し掛かっている。(敬称略)
(2007年6月20日 読売新聞)

4346 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 01:01:13

■参院選 新風景〜「突風」の中の攻防
(4)野党共闘 思惑にズレ
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin2007/feature/0005/fe_005_070621_01.htm

 民主党の小沢一郎代表は5月24日、都内のホテルで、国民新党の亀井久興幹事長の長女、亜紀子(42)とひそかに面会した。
 「不戦敗というわけにいかない。非自民の候補を立てたい。日本の歴史を変える大きな勝負なんだ」
 参院選島根選挙区(改選定数1)への立候補を促す小沢に対し、亜紀子は「その任に堪えられません」と回答を保留したが、5月末に出馬を決意した。

 島根選挙区は自民党の地盤が厚く、当初、候補擁立は難航した。小沢は民主、社民両党や連合が推しやすいように、亜紀子に無所属での立候補を勧めたが、本人が「国民新党公認」にこだわると受け入れた。

 6月5日、小沢は松江市に足を運んだ。連合島根の矢倉淳会長らと会い、「亜紀子さんを自分の党の候補と思って頑張りますので、連合にも支援をお願いしたい」と深々と頭を下げた。

 参院選で与野党逆転を狙う小沢の戦略の大きな柱は、野党選挙協力を推進することだ。協力の成否が、焦点となる29の1人区での勝利につながると見ているからだ。

 1人区での民主党の公認は21人。残り8選挙区のうち、大分を除く7選挙区が協力区だ。野党協力が2選挙区だった2004年の前回選挙とは、様変わりしている。

 小沢の野党共闘路線に、「民主党の存在感が薄れ、本来の支持層が逃げかねない」と、党内に不満はくすぶる。しかし、小沢は「政権交代こそが目標であり、野党が協力するのは当たり前だ」と言ってはばからない。

 一方、国民新党には、選挙後に与野党の議席数が拮抗した場合、キャスチングボートを握りたいとの思いが強い。与党と組むか、野党と組むか態度を明らかにしない「あいまい戦略」で、民主党の考え方とはすれ違っている。

 富山選挙区(改選定数1)は、民主、社民両党が統一候補を立てた。両党は、国民新党の綿貫民輔代表(衆院富山3区)の支援をあてにしているが、綿貫は煮え切らない。

 綿貫は10日、富山県高岡市で、支持者を集めて講演会を開き、「私はこの間違った政治をやっている自民党にこれ以上、力を付けさせる必要はないと考えている。このことを以心伝心、察していただきたい」と訴えた。
 富山選挙区で野党候補への投票を促したと受け取れる発言だったが、講演会後、綿貫は「候補者の個人名は言っていない。いろいろな解釈があるだろう」とも語った。

 綿貫は2005年衆院選で、郵政民営化関連法案に反対して、長年所属した自民党を離党した。支持者には「綿貫党だけど、政党は自民党支持」と言う人も少なくない。
 綿貫の言動には、支持者への配慮がにじむ。しかし、民主党内では、「態度を明らかにしないのは、選挙後に自民党と組む布石ではないか」と不信感が募る。

 社民党とは、大分選挙区(改選定数1)で協力が実現しなかったことなどをめぐり、ぎくしゃくした状態が続いている。
 大分では、2000年の衆院選から、連合が仲立ちして民主、社民両党が協力関係を築いてきた。今回は、社民党が擁立する候補を民主党が推す方向で調整したが、民主党大分県連は「候補は革新色が強く、保守層や無党派層の支持が得られない」と反対し、別の候補を担ぎ出した。

 社民党は複数区でも候補擁立を進めている。5月末、千葉選挙区(改選定数3)で公認候補を決めた。民主党は2人当選を目指して自民党候補などと競っており、社民党の参戦は支持層が重なる民主党に不利だ。

 小沢は6月12日、金沢市での記者会見で、「野党共闘は、若干、社民党が公認候補を立てたところもありますが……」と漏らした。
 社民党の又市征治幹事長は14日の記者会見で、すぐに小沢発言に反応した。
 「比例選があるのだから、(票を集めるため)選挙区で候補を立てるのは当たり前だ。私たちは、民主党を手助けする政党ではない」
 憲法改正に前向きな議員が多い民主党と「護憲」を唱える社民党との共闘については、「有権者にわかりにくい」との声もくすぶる。
 各党の生き残りをかけた戦略の前に、野党協力も揺らぎがちだ。(敬称略)
(2007年6月21日 読売新聞)

4347 名前:とはずがたり 投稿日: 2008/01/13(日) 01:01:44
>>4343-4347

比例選で地域型候補が躍進、当選者の4分の1超に
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/study/2246/1041771016/292-293

参院選 新風景〜「突風」の中の攻防
(5)元衆院議員 比例選に続々
http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin2007/feature/0005/fe_005_070622_01.htm

 今回の参院選は、落選中の衆院議員経験者がくら替え出馬するケースが一段と目立つ。

 民主党の青木愛・前衆院議員(41)は5月末、衆院千葉12区から参院比例選へのくら替えを決意し、小沢代表の了承を得た。

 「辻(つじ)立ちを一生懸命やれ。ニコニコと笑顔を忘れずにな」

 小沢のこの教えを守り、青木は毎日、民主党と書いたのぼりを立て、マイクを握る。1日60回がノルマだ。6月8日朝、千葉市のJR稲毛駅前に立った。

 「千葉県出身、千葉大学教育学部出身。かつて、学生生活を送ったなつかしい稲毛駅に立たせてもらいました」

 通勤のサラリーマンらに地元出身をアピールした。青木はもっぱら、千葉県内で支持を訴えると決めている。

 比例選は全国を選挙区とするのに、なぜ、青木は千葉県だけで運動するのか。その理由は、参院比例選の仕組みにある。

 比例選は、政党名投票と個人名投票を合計し、その総得票数に基づいて、各党の議席数を決定。その枠内で、個人投票の多い順に当選者を決める。2004年参院比例選で、民主党の政党名投票は8割を超えた。この結果、当選に必要な個人名得票数にあたる「当選ライン」は10万6000票余りとなった。

 05年衆院選千葉12区で、青木が獲得したのは9万2611票。これを固めることができれば、当選が見えてくる。全国に活動範囲を広げるより、はるかに効率はいい。

 青木の出馬は、民主党千葉県連に波紋を広げた。

 6月2日の全国幹事長会議で、千葉県連の田中明幹事長は「青木氏を比例選に出すメリットは何か。地元が混乱するだけではないか」と執行部を批判した。

 千葉選挙区(改選定数3)に、民主党は長浜博行衆院議員(48)と加賀谷健・前県議(63)の2人を擁立している。特に、加賀谷は労働組合に集票を頼む代わり、比例選は労組が推薦する候補を支援する協力関係を築いており、青木の出馬は、この協力を乱しかねない。

 今回くら替えする民主党の衆院議員経験者は青木を含め、8人に上る。

 参院選初挑戦の国民新党は、自見庄三郎・前衆院議員(61)ら7人の衆院議員経験者を比例選に擁立した。やはり、それぞれの地盤で集票することを基本戦略にしている。<